容姿も能力もパッとしないのが私です。
(い…………った!!)
痛い。めちゃくちゃ痛い……!
ピンポイントで鼻頭をぶつけたらしい。
けれど、貴族の娘として、地面に踞ることだけは避けたい……!!
結果、鼻を抑えて震える石像と化した私に、頭上から男性の声が降ってきた。
「すまない!痛くないか!?」
(痛いです!!めちゃくちゃ!!)
そう思った同時、ふと、疑問を覚えた。
どうして、このひと──
(私を認識して……る?)
私にぶつかった、ということは私を潜在的に認識している、ということ。
普通は、ひとは私を無意識に避ける。
そのようになっている。
なぜなら、私は。
「急いでいるんだ。僕はこれで」
そのひとは、私を見ることなくその場を去ってしまった。
残されたのは、ポカン……とする私ひとり。
黒のローブを羽織り、フードを深く被っていたから顔は見えなかった。
だけど、その黄金の髪がフードから零れているのが見えた。
声からして、おそらく男性だろう。
(長髪で、金髪の男性……)
心当たりがない訳ではない……けど、今登城している人間に絞ると、その数は随分限られてくる。
(……それに、あの声)
聞き覚えがない。
……あんなひと、社交界にいたかしら……?
…………もしかして。
【不審者】
その三文字が脳裏を駆け抜けた。
(……そうよ!!だって、王城の中なのに黒のローブをすっぽり被って、顔を隠すなんて怪しくない!?怪しいわ!!怪しいに決まってる!!)
妙な三段活用を使用した私は、大慌てで周囲を見渡した。
急ぎ、騎士を呼ぶべきだ。
そう思って振り返ったところで、予想外の人物がいて、危うく私は仰け反りそうになった。
「っ……!」
そのひと──その男は、私の前に立っていた。
彼は、私を見てふわりと微笑んだ。
ぱちぱちと弾けるような煌めきが彼の背後を彩っている。
私は引き攣りそうになる顔を必死にこらえて、笑みを浮かべた。
「……ごきげんよう」
「ご機嫌麗しく、レディ・フェリシア。こんなところで会えるなんて思ってもいなかった。これも神のお導きかな」
「ふふふ、ご冗談を」
男の名は、アーノルド・アバークロンビー公爵令息。
……王弟殿下のご子息であり、フェリックス様の従兄弟にあたる方だ。
薄茶の髪に、薄青の瞳。
キザな話し方に、襟足を長く伸ばし遊ばせているためか、遊び人、というイメージが先行する。
実際、社交界で彼の噂話は事欠かない。火遊びが好きな方なのだ。
その共犯者にされてはたまらない、と私は彼から距離をとっていたのだけど……。
(何でこのタイミングで会うかしらね~~!?!?)
私は、アーノルドの背後をさりげなく窺った。
……先程、私にぶつかった男性はもういないようだった。
既にこの場を離れたのだろう。
もしかしたら、アーノルドはすれ違った男のことを知っているかもしれない。
そう思って、私は彼に尋ねた。
「……どなたかとすれ違いませんでしたか?」
「どなたか?それはもしかして、あなたの婚約者の話をしているのかな」
ぐっと距離を詰めてアーノルドが言う。
流石、女を口説き慣れているだけのことはある。
自然に、彼は距離を詰めるのだ。そのスマートな仕草には感嘆さえ覚える。
前世の記憶を取り戻した今だからこそ思うことではあるけれど。
しかし、生憎私はそうした強引さが好きではない。
詰められた距離の分だけ、後退した。
「レディ・フェリシア。フェリックス──王太子殿下に【運命】が現れたそうだね?」
「情報が早いですわね。お友達からお聞きになりましたの?」
その友達、とやらも不健全な類なのだろうけど。
そんな思いが視線を通して伝わったのだろう。彼が苦笑した。
「あなたが思うような仲ではないよ?」
彼が私の髪に触れようとしたので、にっこり笑ってその手を叩き落とた。
馴れ馴れしいのですが??
「失礼しました。とても慣れていらっしゃるように見えましたので、つい。社交界では、あなたと親しい女性の名前が常に囁かれておりますが……もし、事実と異なるのであれば。なぜあなたはそれを許されているのでしょう?気になりますわね」
「──……」
アーノルドが蛇のように目を細める。
さながら、獲物を見つけた蛇のような目である。
しかし私は捕食される気が全くないので、彼が何か言うより先に、先手を打って言った。
「とはいえ、ひとにはひとそれぞれ、事情がございますわ。かく言う私にだって婚約者がおります。根も葉もない噂を流される前に、この場は辞させていたきたいのですが」
私がアーノルドを苦手としていることは、彼も十分に理解していることだろう。
なにせ、社交界デビューしてからこの方三年、ずっと私の態度はこんな感じだ。
いっそ反感を覚えてもおかしくない程だと言うのに、この男はなぜか事ある毎に私に絡んでくる。
よほど、言う通りにならない小娘が物珍しいのだろう。
もっとも、彼が直接私に声をかけてくることは稀だ。
なぜなら、私は──
「相変わらず、きみはつれないね。今日は珍しくきみのユニークスキルに邪魔されることなく、声をかけられたというのに」
そう。
私の持つ特異魔法。
それが、彼が私に声をかけられない原因だ。
先程、男性と衝突して、私が驚きを覚えた理由でもある。
この国、ツォベラー国には特異魔法と呼ばれる特別な力を有する人々がいる。
その殆どが、王侯貴族だ。
公爵令嬢である私も例に漏れず、ユニークスキルを所持しているのだが──
私のユニークスキルは、
「きみは気配遮断スキルの使い手だ。……だから、私は幸運だと思ったんだよ。珍しく、私はきみを見つけることができたんだから」
私のユニークスキル──それは、気配遮断。
(……いや、めちゃくちゃ地味!!)
前世の記憶を取り戻した今、より一層私は強く思った。