血は繋がっていても、分かり合えるわけじゃない
「え…………」
「おい、ザックス」
隣の栗色の髪の彼、マーカスがザックスを小突いた。
しかし、ザックスは真剣な顔で私を見ている。
「妹から見た、真実を教えてください」
「なんだよお前、歴史なんて興味なかったくせに」
「フェリシア様が今ここにいらっしゃる以上、もう遠い昔の話じゃないだろ。少なくとも俺にとっては、今の話だ」
「…………」
「それに……悪に見えてもただ不器用なだけ、という例もある。あなたは彼女の実妹だ。だから、あなたの意見を聞きたい」
彼の言葉は、まるで特定の誰かを指しているかのようだ。
(もしかして、マグノリア?)
ふと彼女のことを思い出す。
しかしそれは今、特段重要なことではなかったので流すことにした。
私は、ゆっくりと視線を落とし、記憶を辿る。
綺麗なお姉様。
幻のように美しいお姉様。
触れたら壊れてしまいそうな、ガラス細工のようなお姉様──。
『フェリシア、あなたはいいわね。だって……外の世界を知れるんだもの』
『……お姉様も、きっとそのうち外に出られるようになるわ』
『ううん、慰めはいいの。……羨ましいと、思うの、あなたが。だって、フェリシア。あなたは──』
「フェリシア様?」
ザックスの言葉に、顔を上げる。
黙り込んだ私を見て、不味い質問をしたと感じたのだろう。再びマーカスがザックスの腕を小突いた、が。
私は笑みを浮かべて答えた。
「分かりませんわ」
「え……」
「へ」
マーカスとザックスが、ふたり揃ってぽかんとした様子を見せる。
それに、私は苦笑しながら本を閉じた。
パタン、と本を閉じ──その紙面に指で触れた。
「お姉様は歴史的に見たら、悪女なのでしょう?私は、私がいなくなった後にお姉様がどう行動したのか知りませんもの。今、この本を知って部分的には知ったけれど、これもどこまで真実で、どこまで脚色されたのか分からない。だから、お姉様が歴史的に国を滅ぼした悪女だったのか、という質問には答えられません」
「……では」
ザックスの言葉を遮るように、あるいはその先を引き継ぐように、私は首肯した。
「彼女の妹という視点で見るのなら、私は、お姉様が嫌いです」
「えっ!?」
「へっ……」
また、ふたり揃って声を上げる。
(仲良いのね……このふたり)
そんなことを考えながら、首を傾げた。
さらりと、垂らした桃色の髪が揺れる。
苦笑を浮かべて、私は言った。
「お姉様はきっと、悪意なく、悪気なく、自分の望みを果たそうとするひと。それが良いか悪いかはともかくとして、私は彼女のそういうところが嫌いだった。悪意のない無邪気さほど、タチの悪いものはないですから」
「…………」
「彼女にはきっと、悪意も悪気もない。ただ、自分がそうしたいと思ったから、そうする。ただそれだけのこと。……失礼、何を言っても、愚痴になってしまいそうです」
私はそこで、口元に手を当てた。
悪女だったのか、という質問には答えられない。
ひとりの人間を、ひとつの型に嵌め込むことができないように、その一言で片付けることはできないと思ったから。
ただ、好きか嫌いか、と聞かれたらその問いへの答えはひとつ。
私は苦い感情を覚えながら、肩を竦めた。
「ただ、私は彼女が嫌いだったし、苦手でした。……血が繋がっていても、許容できないことは許容できないし、向き合えないと思った。……そんなふうに私は姉を見限りました。酷い、と思われますか?」
異母姉妹とはいえ、私と姉は、血が繋がっている。
たったふたりだけの姉妹だというのに。
血が繋がっているというのに。
私は姉と向き合うことを諦めた。
無理だ、と思った。
血は繋がっていても、他人は他人なのだ。
理解することが難しい時だって、ある。
前世の感覚なのか、無理をしてまで彼女を理解することを、私はあの時──お姉様に階段から突き落とされ、お姉様が自己保身を図った時に、諦めてしまった。
それを後悔することはない。
実姉を見切ったことに、悔やむ気持ちはなかった。
私が真っ直ぐに見つめ返すと、ザックスは僅かに目を見開き──それから首を横に振る。
「……いいえ。家族でも、結局は自分とは違う人間ですから」
妙にしんみりとした空気をどうしたものかと考えた私は、そこで、以前マーカスに問われた質問に答えてなかったことを思い出した。
『アグネス・フレンツェルと、ツァオベラー王朝最後の王太子フェリックスが恋仲だった、というのは真実なのですか?』
確か、その後自己紹介を挟み、軍の話になり、マグノリアが現れたので結局答えられなかったのだった。
それを思い出した私は、顎に指先を当てて、端的に答えた。
「そういえば、以前マーカスさんから聞かれた質問なのですけれど」
「えっ!?あ、はいッ!!」
そこで、マーカスがなぜか大袈裟なほど肩を震わせた。
その言葉は素っ頓狂だし、何よりその声はひっくり返っている。
「…………」
そこで、私は妙に静まり返ったこの空気が、しんみりしたものではなく、凍っているのだと気がついた。
どうやら、ここでも私の凍るような目つきの悪さは健在らしい。
(威嚇するつもりはなかったんだけどなぁ……!!)
苦し紛れにニコ……と笑みを浮かべたが、ますますマーカスの顔色は悪くなるばかり。
仕方ない。ここは事情を説明すべきだろう。
そう思い、ため息を吐いた。
「……目つきが悪いのは生まれつき、というより私の悪癖のようなものですので、お気になさらず」
「いや、目付きと言うより眼差し……」
マーカスは小声でごにょごにょ言っている。
上手く聞き取れず、首を傾げた。
「何でしょう?」
「いえ、何でもないです」
彼はそれきり黙ってしまったので、仕方なく私は肩を竦めた。
私は、このとおり顔立ちは可愛めなので、時折──私にそのつもりは無いのだけど。
お母様譲りのこの瞳の鋭さは、容姿に反して、とんでもなく冷たく見える……らしい。
これは、お父様とフェリックス様の反応から推測した限りだけれど、相当冷たく見えるのだろう、きっと。
「……お姉様と、フェリックス様は恋仲という関係にありました。ふたりは、初対面で恋に落ちています。それは、私が断言します」
あの、日。
マグノリアの花吹雪が舞う寝室で──間違いなく。
お姉様と、フェリックス様は、恋に落ちた。
白い頬を赤く染め、見蕩れるお姉様と。
いつもは冷たい薄青の瞳に、熱っぽさを宿したフェリックス様。
その時、私はふと疑問に思った。
(……お姉様が、魅了の特異魔法をかけたのは、いつ?)
だって、お姉様と彼が出会ったのは……。
彼らは、出会った当初に恋に落ちていた。
いつ、お姉様はアーノルドに願い出て──いや、そもそも。
お姉様は、いつからアーノルドと連絡を取っていたのだろう?




