嫌いな人の末路
ザックス、マーカス、ウェルノーの三人と共に蔵書室に向かった私は、早速前回最後まで読めなかった本を、改めて手に取った。
ツァオベラー歴史書、ツァオベラー王朝の崩壊、そして──
【ツァオベラーの破滅を招いた女】。
ライティングデスクに本を置き、椅子を引いて腰掛けた。
前回のページを辿る。
【フェリシア・フレンツェルが嘆きのあまり、自殺する】
(……そうそう。前回は、ここであまりのことに驚いて叫んでしまったのよね)
そして、ウェルノーやザックス、マーカスと話をしているうちにマグノリアが訪れたのだ。
そのページを指先でなぞる。
以前は、自死を果たしたことにされてとんでもなく驚いたが落ち着いて考えると、その要因に気がついた。
【嘆きのあまり、自殺した】
そう考えられる理由は、ひとつだ。
それは、
『フェリシア。やはり、あなたは私を──?』
『婚約を、解消してください。私には、耐えられません』
(間違いなく、これよね〜〜……!!)
お姉様に突き落とされて、私が失意のあまり階段から飛び降りたことにされた直後の、私とフェリックス様の会話。
その後、私は長年部屋に籠ってしまった(ことになっている)のだから、間違いなく理由はこれだろう。
この会話は、公共区域でしたものだ。
私が階段から落ちたことで騒ぎになり、衆目を集めた。
あの場には、多くの貴族がいたことだろう。
しばらくの間、私の話(つまり『失意のあまり階段から飛び降りた』とか『嘆いて婚約解消を願い出た』とか、そういう類の話)で社交界中、いやもしかしたらツァオベラー中持ち切りになっていてもおかしくない。
そこから、部屋にこもるようになったのだし、その部屋は開かずの部屋になっていたのなら──嘆きのあまり、フェリシアは自殺した、ということにされていてもおかしくない。
それに、今気づいたのだ。
(なんてこった〜〜〜〜!!!!!)
思わず、顔を手で覆う。
まさかあの後部屋に篭ったら『チクタクチクタク、五百年後にごあんな〜い☆』になるなんて思わなかったから!!
もうそれでもいいかなって!!
私が!!お姉様に嫉妬して!!苦しんで!!身を引くような形になってでも婚約を解消できるならいいかな!!って!!思ったのに……!!
それがまさか、自殺説に繋がってしまうなんて……。
(フェリックス様に恋破れて死んだことにされるなんて……)
く、屈辱……!!
思わず組んだ指の上に顎を乗せる。
しかし、今更どうしようもない。
過去は過去。変えることは許されないのだから。
(……本当に?いや、ちょっとだけなら)
そこまで考えて、私は自身の思考にいやいやいや、と待ったをかける。
仕方ない。これも運命……いや、人生と思って諦めよう。運命、という言葉は好きではないので、言い換える。
ページをめくる。
次のページから、私の知らないツァオベラー王朝の崩壊について──記されていた。
【しかし、アーノルド・アバークロンビーがかけた魅了は未完成、あるいは完全にはフェリックスには効かなかったと思われる。フェリックスはやがて、アグネスを遠ざけ始めるようになり、次々に貴族の娘を側妃へと迎えた】
(え…………)
思いがけない内容に、目を見張る。
私は続きの文章を、辿った。
【アーロン・スペンダー伯爵の娘アイリーンを側妃にしたフェリックスだが、アグネスの奸計により、アイリーンは命を落とすことになる。これが理由で、アーロンは王家への復讐を決意する】
(えっ?…………えっ??)
そのあたりを詳しく知りたいのだが、やはり近年に書かれたことが理由か、それとも五百年前のことなので詳細な情報は残されていないのか──箇条書きのような形で、文書は続いていった。
その後、アーロンは水面下で新たな能力を発見していた同志と結託し、王家への反逆を決行した。
新たな力、つまり五大属性魔法である。
当時は五大属性魔法は全く認知されておらず、存在すら知らないものがほとんどだった。
未知の力を前に、王家は為す術もなく……城は大火に包まれた。
国王夫妻ならびにツァオベラー王朝最後の王太子フェリックスは、火に巻かれて消息を絶ったという。
「──…………」
ツァオベラー王朝が滅んだ、ということは既に知っていたし、頭では理解していたけれど。
それでも、見知った人間の生き様がありありと記されているのは──思った以上に、私に衝撃を与えた。
本の続きを読むと、お姉様の行方は知れず、フレンツェル公爵夫人の伝手を辿って外国に逃亡したのではないか、とされていた。
そして、本の最後はこのように締めくくられている。
【ツァオベラー王朝の崩壊をもたらした稀代の悪女、アグネス・フレンツェル。
彼女は一体、何者だったのだろうか。
ツァオベラー王朝を滅ぼすために遣わされた間諜か、あるいは全ての人間を破滅に導く、運命の女だったのか──。
それは、現代を生きる我々には、与り知らぬ部分である】
「……フェリシア様」
その時、背後から声をかけられてハッと顔を上げた。
振り返ると、ウェルノーが気遣うように私を見ている。
「もう、お昼時ですがいかがなさいますか?先程から何度か声をかけさせていただいていたのですが、ずいぶん熱心に本を読まれていらっしゃいましたので……」
「ご、ごめんなさい……。少し、驚いてしまって。私のいなくなった後に、こんなことが起きたなんて……少し、信じられなくて」
今も、夢を見ているようだ。
ツァオベラーのあの城が、火に燃える?
フェリックス様は……お姉様は、どうしたのだろう。
呆然とする私に、ウェルノーが苦笑し、肩を竦めた。
「ツァオベラー王朝の最後は、はっきりとは分かっていないんです。何分、昔のことですし……城は大火事で燃えて、文献なども残っていないそうですから」
「…………そ、う」
今もまだ、混乱している。
フェリックス様も、お姉様も。
ふたりまとめてどこか行ってくれないかしらね〜〜!?!?とは強く思っていたけれど。
ふたりが死んだ……恐らく、幸せな結末は辿れなかったから、と言って胸がすくかと言われたら。
(それは……)
ぎゅ、と手を強く握る。
(そんなことは、ない。絶対に)
私は、私のためにあのふたりから離れたけれど。
決して、あのふたりの不幸を望んでいたわけではなかった。
膝の上に視線を落としていると、また、背後から別の人間の声がした。
「フェリシア様。私からも、お聞きしたいことが」
ザックスだ。
顔を上げると、紺色の髪、黒縁に細いフレームの眼鏡をかけた彼が、静かに私を見ていた。
「アグネス・フレンツェルは、本当に悪女だったのですか?」




