ルーモス帝国皇族の使う闇魔法について
文官の彼に見せてもらった地図には、東京と新潟くらいには離れていたと思うのだけど……!?
驚く私に、リアン殿下がしたり顔で言った。
「仕掛けがあるのです。ご安心ください、本日中には帰れますよ、なにせ、【散歩】ですから」
……どうやら、リアン殿下の【散歩】の範囲はかなり広いらしい。
馬車に乗り込むと、私の対面に彼が座る。
そして扉が締められると、リアン殿下は、呪文のようなものを口にし始めた。
「──……」
次の瞬間、彼の手には杖が。
(これが、五大属性魔法……)
唖然として見ていると、リアン殿下が説明してくれた。
「これは、闇属性の魔法です」
「闇!?!?」
五大属性魔法じゃなくて!?
驚きに目を見張る私に、彼が笑った。
いたずらっぽく。いたずらが成功した子供のような輝きを瞳に宿しながら。
「驚きましたか?」
「おっ……驚きました!!まだ私、五大属性魔法だって見てないんですのよ……!」
「あ、そうか」
「そうです!!」
リアン殿下はそのまま、杖で馬車の床をトン、と叩いた。
「──」
次の瞬間──酷く馬車が揺れた……ように感じた。
激しい揺れ、というよりも、ぐらり、と回転する目眩に近い。
しかし、体はふらつかなったので、今のは目眩でも、馬車自体が揺れたものでもない……?
状況が把握出来ずに顔を上げる。
リアン殿下は杖を床に当てたまま、その柄に両手を置いていた。
杖の下は仄かに光っており、魔法陣のようなものが描かれていた。
(これが、闇魔法──)
どんな影響をもたらす魔法なのか分からず、思わず身構えるとリアン殿下が静かに話し出した。
「先程の話ですが、ルーモス帝国の城から嘆きの塔まで通常通りの手段で行くと、片道一週間以上はかかります。そのため、こうして簡略化しているのです」
私はリアン殿下の言葉を時間をかけて整理する。
そして、ひとつの解を導き出した。
「……つまり、これは転移系の魔法、ということですか?」
私の予想に、しかしリアン殿下は「いえ」と答えた。
(違うの!?)
「これは、一時的に座標を現実から消している状況です。時超えの魔法と原理は似ていると思うのですが」
あっさり、彼はとんでもないことを口にした。
「元々、闇魔法は、敵を攻撃する暴力的な魔法です。大戦が終わり、それを使って敵を倒す……ということは無くなりましたが、私はこの闇魔法を実用化できないかと長年考えていました」
そこで、リアン殿下は顔を上げると、にこりと微笑みを浮かべた。
さらりと、彼の長い金髪が胸元で揺れる。
「闇魔法の能力は、【虚空からの攻撃を可能とする】というもの。今回は、それを応用して、逆に私たちを虚空に潜り込ませている状態です」
「……!?」
リアン殿下の説明に、私は背筋がピンと伸びる思いだった。
(つまり……?ええと??)
いまいち、闇魔法と光魔法がどういったものか未だによくわかっていないのだけど──、そのふたつは、ルーモス帝国の皇族のみにしか使えないものだと聞いている。
そして、闇魔法の特性については、今リアン殿下が説明してくれた。
今、言われた言葉をゆっくり呑みこみ、私は今の状況を推察した。
(つまり……なにかしら?)
今、私たちは──
「現実世界にいないってこと!?」
ガタッと思わず、音を立てて腰を浮かす。
それに、彼が困ったように笑った。
「そうなります。ですが、ご安心ください。一時間もすれば指定の座標に到着する手筈ですので」
「──!!」
驚きのあまり、声すら出ない。
(今、私たちは現実世界にいない。
そして、虚空の中にいる……というのなら──)
このまま失踪する可能性だっておおいに……ある、わけ、で……!!!!
くら、と目眩がした。
リアン殿下は変わらず杖の柄を掴んだまま、苦笑を浮かべた。
「説明が遅くなりましたね。申し訳ありません」
私は強ばった笑みを浮かべながら「いえ……」と生気のない返事を返した。
リアン殿下が、先程から杖に触れたままの様子を見るに、恐らく離したらやばいことが起きるのだろう。
思わず前世の言葉が飛び出すくらいには、混乱と焦燥と緊張の極みである。
気分は、途中下車禁止のジェットコースターに、知らない間に乗っていたかのようなそれだ。
(なんっ……なのよーー!!このひとはーー!!)
やることなすことむちゃくちゃすぎる!!
これがルーモス帝国の皇族か……!!
陛下も、謁見の呼び出しは突然だったものね……!
(血か……!!これがルーモス帝国皇族の血か……!!)




