目は口ほどに物を言う
「──」
ひゅ、と息を呑んだ。
皇帝陛下の声は、決して乱暴なものではない。
怒鳴りつけられているわけでもないし、厳しく問い詰められているわけでもない。
ただ淡々と、当たり前のことを尋ねているかのように、そのひとは言った。
まるで、さも当然、と言わんばかりに。
──その瞬間、理解した。
ツァオベラー王朝の人間は、現王朝──ルーモス帝国の敵になり得るかもしれない。
彼らにとっては脅威に当たるかもしれない存在なのだ、と。
「父上」
リアン殿下がなにか言おうと口を開いた。
だけどそれより先に、皇后陛下がおっとりとした声で言った。
「まあまあ。陛下ったら、そんなことを仰って。ねえ、フェリシアさん」
「……はい」
皇后陛下に答えると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「あなたは、悪しき魔女ではないもの。…………ね?」
「……はい」
彼女の口調は柔らかく、微笑みを浮かべてはいるけれど──決して、その瞳は、笑ってなんていなかった。
☆
(こっ…………怖かったああああ!!!!)
無事(と言っていいのかしら、これは?)謁見の間から脱出した私は、ようやく詰めていた息を吐き出した。
凍りついた感情が、じわじわ戻ってくる。
(なに……あれ!?ものすごく、めっちゃくっちゃ怖かったわよ……!?)
ルーモス帝国の皇族に比べたら、ツァオベラー王家の、なんて生ぬるいことよ……。
フェリックス様なんて可愛いものである。
あの得体の知れない恐ろしさを思えば、フェリックス様などキャンキャン吠えるだけの犬にしか見えない。
そこまで考えて、私は、いや、と否定した。
犬は可愛い。
フェリックス様は可愛くない。
これは大きな違いだ。
そんな(くだらない)ことを現実逃避気味に考えていると、背後から声がかかった。
「お疲れ様でした、フェリシア様。緊張されましたか?」
私を追って、部屋を出てきたリアン殿下である。
あれで緊張しない強心臓の持ち主がいるなら教えて欲しいものだ。
カクカクと頷くと、リアン殿下は苦笑した。
あの皇族一家において、なぜ彼だけこんなに穏やかなのだろう……。
(さっきの今だからこそ、より、その優しさと気遣いが心に染みるわ~~!!)
いつも以上にリアン殿下が眩しく見え、思わず目を細めた。
(いや、あの!瞳!!)
皇后陛下の瞳。
微笑みを浮かべているのに、全くその瞳の奥は笑っていない──どころか、凍りついていた。
恐ろしすぎる。
ホラー??ホラーなの??
季節的に、少し早くないかしら??
まだ初夏だ。少し待って欲しい。
いや、そういうことではない。
一人突っ込みを入れていると、なにか考え込んだ様子のリアン殿下がふと顔を上げた。
「……では、それなら、私と気晴らしに散歩でもいかがですか?」
☆
「散歩……ではなかったのですか?」
リアン殿下に案内された先は、城の裏口。
そこには、質素な馬車が停められていた。
明らかに、お忍び用のそれである。
私の知る【散歩】とは、意味合いが異なっている気がしてならない。
説明を求めてる彼を見ると、従僕と何やら話していたリアン殿下が、私の視線に気がついた。
そして、にこり、と柔らかな微笑みを浮かべて彼は言った。
「せっかくなので、嘆きの塔まで行きましょう。時超えの魔法が未だ機能しているのか、気になりますし」
それで、私は理解した。
(本来の目的は、そっちね!!)
どうやら、散歩は理由付けだったらしい。
リアン殿下は馬車の扉を開けると、私を促した。
「どうぞ、フェリシア様」
ここまできて「いやぁ、やっぱりやめまーす」なんて言えるはずがない。
行き先を確認しなかったのは私だし、それに私も、嘆きの塔……元はフレンツェル公爵邸の私の部屋だった場所が今、どうなっているのか確認したかった。
そう思い、ステップに足をかけたのだが──ふと気になることがあり、振り向く。
私が振り向くとは思ってなかったのだろう。
きょとんとした様子で、リアン殿下が私を見た。
「ここから嘆きの塔まで、どれくらいかかるのですか?」
それから、まつ毛を伏せる。
流石にさっきの今でツァオベラーの名は出しにくい。
それでも、あの場所は──。
「……あの場所は、五百年前。ツァオベラーの城の近くにあったはずです。ここからは離れていると、文官の方から聞きました」
あの、笑うとえくぼが目立つ文官から。
(そういえばまだ名前を聞いてなかったな……)
嘆きの塔は、五百年前、フレンツェルの公爵邸があった場所にあるはずだ。
当然、ツァオベラー城の近くということになる。
しかし、王都の場所はこの五百年で変わっている。
ルーモス帝国の城からツァオベラー城のあった場所は、かなり離れているらしい。
(流石に、長期間城を不在にするのはまずいと思うし……)
どんな噂を立てられるかわかったものでは無い。
【嘆きの魔女】から【略奪の魔女】とか、【堕落の魔女】とか不名誉な二つ名を付けられるのは心から遠慮したい。
リアン殿下は私の意図を察したのだろう。
ふわり、と私を安心させるように柔らかく微笑んだ。
「それでしたら問題ありません。ここから、一時間ほどで着きます」
「…………えっ?」




