何この人たち怖い
(濃い一日だった……)
目が覚めたら見知らぬ寝室のベッドの上で、メイドに声をかけて、そのままリアン殿下と対面することになって──。
その時ふと、私はあることに気がついた。
(そういえば……足首の怪我って誰が治してくれたのかしら)
明日、聞いてみよう。
そう思いながら、怒涛の一日だったもので──私は一瞬にして、意識が落ちてしまったのだった。
☆
翌日。
私は侍従を通して、リアン殿下にコンタクトを取った。
ルーモス帝国の皇帝陛下に挨拶がしたい。
皇帝陛下が私のことをどう考えているのかも知っておきたいし、ルーモス帝国に少なからず身を置くことになるのであれば、挨拶は必要不可欠だ。
挨拶もなく居座るのは心象も悪くなるというものだろう。
そう考えてリアン殿下に謁見の手続きを確認したのだが──返事は侍従が持ってくるのではなく、まさかの彼本人が私を訪ねてきた。
「今からなら時間が取れるとのことです。急なことではありますが、いかがでしょうか」
「えっ!?!?」
(流石にちょっと……)
突然の謁見は考えてなかった……!!
あれよあれよという内にメイドが入ってきて私の支度を整えてくれたら、そのまま謁見の間に直行だ。
重たい両開きの扉の前で、騎士がじろじろと私を見てくる。
とてもいたたまれない。
同行したリアン殿下が、苦笑して私を見る。
「突然のことで申し訳ありません。そういう方なんです」
「そ、そうですか……」
そういう方、というのはつまり、豪快な方……と、そういうことなのだろうか。
流石に緊張する。硬い表情のまま笑い返すと、リアン殿下がさらに言った。
「兄上も同席されていますので、そう緊張なさらずに」
(余計緊張しますよ……!!)
何せ、リアン殿下のお兄様──リュミエール皇太子殿下といえば、私の中では【あの怖い人】というイメージで固定されている。
(牽制されてしまったしね……)
またあの冷たい眼差しに晒されるのかと思うと、緊張は解れたものの、今度は胃がしくしくと痛みを訴えてきた。
(でも、リュミエール皇太子殿下の瞳には敵意も悪意もなかったわ……!!)
まあ、だからといって、好意も善意も感じなかったのだけど……。
「…………」
笑みを保ったまま、何となしに胃のあたりを摩る。
すると、扉を守る騎士が声高に宣言した。
「それでは、扉を開けます!」
ゆっくり、扉は開かれた。
(うわっ眩しっ)
天井はステンドグラスで覆われているようで、太陽の日差しが差し込んでいる。
きらきらとした空気に、思わず目をつぶりかけた。
謁見の間には、皇帝陛下ご夫妻と思われる男女と、リアン殿下が言った通りリュミエール皇太子殿下もいたのだが──。
(……美の暴力??)
リュミエール皇太子殿下は先日お会いしたので知っているが、皇帝陛下ご夫妻、どちらも類稀なる美貌である。
皇后陛下は繊細ながらも迫力のある美貌で、すっきりと額を露わにし、フェロニエールを身につけていた。飾る石は、恐らくサファイアだろう。
金髪に、同色の檸檬色の瞳。
その色彩は、リアン殿下と同じだ。
圧倒的美貌に目が潰れそうである。
(お姉様は、繊細で、儚げで……壊れてしまいそうな、ガラス細工のような美しさだったけど)
皇后陛下は、他者を圧するような、圧倒的な美貌である。その美しさの前には、平伏したくなるほどだ。
(リュミエール皇太子殿下とリアン殿下を見て、きっとご両親も相当に美しいのだろうとは思ったけど……)
これは、少し、想像以上。
この空間の中で、圧倒的異分子は私である。
気分は、知らない会社に迷い込んでしまった部外者の気持ちである。
皇后陛下は私を見ると、にこりと笑った。
「どうぞ、こちらまできてくださいな」
リアン殿下が頭を下げて、そのまま玉座の前まで行くので、私もハッと我に返る。
皇帝陛下は、子を二人持つ父とは思えないほど若々しい。リアン殿下同様に長い金髪をゆったりとひとつに結んでいる。
リアン殿下の少し後ろで、私もドレスの裾を摘み、淑女の礼を執った。
皇帝の静かな声が聞こえてくる。
その声は、リュミエール皇太子殿下によく似ていた。
「あなたが、嘆きの塔の魔女ですね。初めまして、私がルーモス帝国十五代目皇帝のアシェル・ルーモス。あなたはツァオベラー王朝からの客人だ……とリアンから聞いていますが誤りはないかな?」
「はい。……お初にお目にかかります。私はツァオベラー王朝で公爵位を戴いていたフレンツェル公爵家の娘、フェリシア・フレンツェルです。本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
「顔を上げなさい」
その言葉に顔を上げる。
皇帝陛下の顔には表情といった表情が浮かんでいない。
ただ、僅かに目を細めて私を見ている。
(これは……疑われている、のかしら?)
その視線の強さは、流石親子。
リュミエール皇太子殿下とリアン殿下によく似ている。
目力の強さに切り捨てられそうだとすら思っていたところで、僅かに皇帝陛下の顔が綻んだ。
「……ふむ。確かに、あなたの淑女の礼は旧いもののようだ。格式を重んじる、頭の固い家柄の子女は未だ、そのマナーを教わると言う」
「…………」
(これ……は褒めてるの??褒めているようには全く聞こえないのだけど!?!?)
(というか、やっぱり古いんだ!!)
まだルーモス帝国での礼法は調べられてなかったので、知らなかった……。
(だけど……今ので一応、信じてくれた……のかしら)
そう考えた私は、内心首を横に振る。
(いや、完全には信じてはない)
多少、信じてもいいかと思える、根拠にも満たないものを提示したというだけ。
皇帝陛下は、あっさりと言った。
「それで、レディ・フェリシア。あなたは、五百年後の我が帝国──このルーモス帝国で、何をしようとしている?」




