五百年前の過去と、今
リアン殿下が案内してくれたのは、庭園の真ん中に位置する東屋だった。
白の椅子に腰を下ろすと、そよそよと心地のいい風が吹いてくる。
メイドがティーセットを配膳し終えた後、彼が口を開いた。
「本題ですが……あの時。私が言いかけた言葉を覚えていますか」
「あの時──」
数時間前に交わした会話を思い出す。
確か、最後の言葉は……。
『では、今も私の魔力は不安定ということでしょうか?だから、嘆きの塔であなたは私を見つけられた……?』
『それは──』
そこで、確か部屋の扉が叩かれたのだ。
その時のことを思い出し私は、顔を上げた。
リアン殿下は真っ直ぐに私を見ている。
(お兄様のリュミエール皇太子殿下もこのひとも……視線が真っ直ぐなのよね)
そして、目力が強い。
美形のなせる技だろうか。
そんな感想を抱きながら、私は頷いて答えた。
「私の魔力の話……でしたね?」
「そうです。あの時、私はある仮説を立てました。……まだ、可能性の段階で、断言まではできませんが──私はあなたに魔力干渉したことがあるのではないでしょうか」
「…………えっ!?」
「推測するに至った根拠は、合わせてふたつです。まず、一つ目。嘆きの塔で、私はあなたの特異魔法の影響を受けなかった」
私は、呆然とリアン殿下の話を聞いていた。
リアン殿下が、私に魔力干渉をしたことがある……??
魔力干渉、すなわち、彼が私に魔法を行使したことがある、ということだ。
「…………」
数秒考えた末、私は強く思った。
(いやいやいやぁ!!)
流石に、それはないでしょう。
だって、それならいつ、彼は私に魔法を使ったというの??
私は、五百年前の……ツァオベラー王朝の時代を生きる人間だ。
そして彼は、現代──ルーモス帝国に生きるひと。
時間軸が違う。
そもそも、彼とは嘆きの塔で会ったのが──あれが初対面だ。
顔を強ばらせると、彼は真剣な眼差しで私を見た。
そして、リアン殿下は静かに言葉を続ける。
「そして、二つ目。これが、先程の仮説を立てるに至った大きな根拠です。……私は、あの場で私の魔力痕を見つけました」
「魔力痕、ですか?」
首を傾げて問い返すと、リアン殿下が硬い表情で頷いた。
「五大属性魔法は行使後、数十分から数時間程、その場に【魔力痕】として留まります。滞留時間は術者の魔法の腕によって様々ですが、私の場合は数十分ほど。前回、塔に赴いた際のものかと思いましたが──最後に足を運んだのは一月程前。そんなに長く、魔力痕は残らない」
「……意図せず、何らかの原因で滞留してしまった可能性は?」
魔力痕、という言葉自体ツァオベラー時代にはなかったのでいまいちピンと来ないが、本来有り得ない場所に有り得ないものを見つけた、とそういうことなのだう。
だけど、だからといって=私に魔法を行使したことがある……とは、いささか飛躍しているのではないだろうか。
困惑する私に、リアン殿下がまつ毛を伏せ、ひとつ頷いた。
(わあ、まつ毛が長い……)
予想だにしなかった言葉を聞いたからだろうか。
混乱のあまり私は、そんなどうでもいい感想が頭をよぎった。
リュミエール皇太子殿下は恐れすら感じさせる冷たい美貌で、リアン殿下は神聖さを感じさせる美しさである。
兄弟揃って美人とは、遺伝子ってすごいわ……。
私とお姉様の顔面格差に思いを馳せると、何ともしょっぱい気持ちになる。
そんな(くだらない)ことを考えていると、リアン殿下がゆっくりと口を開いた。
「確かにその可能性もあります。……ですから、フェリシア様。私に、あの塔の内部を調べさせて欲しいのです」
続くリアン殿下の言葉に、私は驚きに目を見開いた。
……というのも、てっきり、嘆きの塔(その内部は私の部屋なのだけど)には、既に調査の手が入っていると思ったからだ。
驚きのあまり目を見開く私に、リアン殿下が固い表情で私を見る。
「もし、あの部屋から私の魔力痕が確認できたら、確実です。私は過去、あなたに接触し、魔力干渉をし──」
そこで彼は言葉を切ると、難しそうに眉を寄せながらも、言った。
「……あの【封印された部屋】の結界にも、関与しているかもしれません」




