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【書籍化&コミカライズ】元公爵令嬢フェリシアは前を向く ~婚約者がお姉様に恋してしまったので、500年後の世界で幸せになります~  作者: ごろごろみかん。
4章:過去への時間旅行

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過去からの脱却

それは誰も持っていないのに、持ち手が宙に浮いている。

驚きのあまり絶句して見ていると、そんな私を見て、リアン殿下が苦笑した。


「フェリシア様は、ご存知ないですよね。これは、日傘石(パラソルストーン)と言って、貴族のご婦人の必需品なんです。こうして、手で持っていなくても直立する」


「……それも、五大属性魔法のひとつなのですか?」


唖然として尋ねると、リアン殿下は頷いて答えた。


「木と風の混合魔法です。およそ五十年ほど前に発明された品ですよ。……どうぞ」


リアン殿下がそっと、日傘を私の方に動かした。

魔力で操作しているのだろう。


(いまいち、魔力というものが私には分からないわ……)


こんな状態では、フレンツェル公爵家の娘だったことはおろか、魔力の証明すらできない。

ますます怪しさに拍車がかかるというものだ。


自身の至らなさと情けなさを突きつけられた私は、いたたまれない思いで日傘の柄を掴んだ。

柄の先には、先程の水晶のような石がついている。

いや、ここから日傘が伸びているのだろう。


……文明の進歩を感じる。


しみじみそう思っていると、リアン殿下が空を仰いで言った。


「もう日も陰ってきましたが……それでも、初夏の日差しは強いですから」


「ありがとうございます。……ツァオベラーでは、肌の白さが美人の象徴だったのです。私も日差しには昔から気を遣っていて……そうそう。肌の白さを求めて瀉血をする婦人もいたくらいです。そんなものだから、パーティーでは貧血で倒れる女性も少なくなくて──」


……と、私は何の話をしているのだろうか。


斜め上に話を展開してしまった。

リアン殿下もさぞ困惑していることだろう。


私は、話を変えようと咳払いをした。


(そもそも、リアン殿下はなぜ私を誘ったのだっけ?)


そうだわ、先程の話の続きをするためじゃない。


(さっき、どこまで話をしたっけ……)


記憶を辿ろうとすると、リアン殿下が言った。


「それは……五百年前。ツァオベラー王朝の社交界の話ですよね?とても興味深いです、ぜひ、聞かせていただけますか」


──とても、興味に溢れた声で。


思わず顔を上げると、そこにはきらきらと目を輝かせたリアン殿下がいた。


(……そうだったー!!このひと、魔法学に大変興味があって、だからこそ嘆きの塔の封印を長年解こうとしてたのよね)


その知的好奇心からして、五百年前の──この国の歴史に興味と関心があるに決まってる。

私は、引きつった笑みを浮かべ、取り繕うように言った。


「ええ、そうなのですが……ええと、リアン殿下は先程の話の続きをされにいらしたのですよね?」


何とか話を本題に戻すと、ハッとした様子で彼が頷いた。


「はい。先程は急用が入ってしまい、話が途中のままでしたから。……この先に、東屋があります。そこで話をしましょう。フェリシア様、お手を」


リアン殿下が、私に手を差し出した。

エスコートしてくれるのだろう。


流石、皇族だ。

その所作は手馴れているし、美しい。


マナーとして、私も彼の手に自身の手を乗せる。


ふと──フェリックス様のことを、思い出した。



ツァオベラーの時と王都も城の構造も全く違う。それでも思い出してしまった。

庭園の先、フェリックス様に連れていかれた東屋の傍にあったのは──マグノリアの、木。



『あなたは王妃として、あなたの姉……第二妃となる彼女を、助けてあげて欲しい』




その時、びゅう、と一際強い風が吹いた。

木々が揺れ、枝葉が擦れる。


髪が舞い上がり、それを咄嗟に抑えた。

強い風が去った後──リアン殿下が、苦笑する。


「強い風でしたね。春の嵐でしょうか。……フェリシア様、私は四季の中でも、春が一番好きなんです」


ふと、そんなことを口にした彼に、私は顔を上げた。

目が合うと、リアン殿下が微笑む。


「春は、芽吹きの季節ですから。何か新しいことが起きるのではないかと、つい、期待してしまう。ほら、よく言うでしょう?『春は出会いの季節だ』って」


「──」


「……我ながら、少しロマンチックすぎるとは思うのですが」


苦笑する彼に、私は目の覚める思いだった。


記憶が、入り交じる。

あの時の光景を思い出す。


マグノリアの白い花が舞う、東屋。

紅茶の中に浮かんだ、白い花弁。


誰も、私の話を聞いてくれない。

違う、そもそも、聞く気がない(・・・・・・)のだ。


皆、自分のことばかり考えている。

皆、自分が一番大切だ。


当然のように私を動かそうとして、私に感情があるとは思いもしない。


私は、人形じゃない。

私は、私の──。




「…………フェリシア様?」


リアン殿下に声をかけられた私は、思わず笑みを零していた。


「……確かに、春はいい季節ですね。私は、あなたのその言葉が好きです」


「え……」


リアン殿下が、僅かに目を見開いた。

それに、私は静かに言葉を続ける。


「……今まで、私は春が一番嫌いでした。……春は、姉と婚約者が出会った季節ですから」


いつまでも囚われていてはいけない、とは思う。

春を迎える度に思い出しては悪感情に襲われる、なんて真っ平御免だ。


だけど、それでも問答無用であの時の光景を、会話を、気持ちを──思い出してしまう。


しかし、それだけではいけないのだと思った。


だって、春はこんなにも気持ちが良い。

暖かな日差しは明るくて、風は穏やかで、空は明るい。


私のこの淀んだ感情は、相応しくない。


庭園の木々は既に花が散っていて、新緑が鮮やかに彩っている。


夕陽を浴びたその姿は、春の終わりを知らせているようで、少しだけ、切なさも感じさせるけれど。


「……ありがとうございます。私は、あなたのおかげでまた、春を好きになれそうです」


私は、人形じゃない。

今を生きる人間で、私にだって感情がある。

思考する頭がある。


私は、私の人生を生きるのだ──そう決めたのだから。


「過去に囚われるのではなく、未来に目を向ける。……とても、素敵だと思います」


いつまでも囚われているべきではない。

過去は過去なのだと、割り切らなければ。

だって、人生は長いのだから。


それを気付かせてくれたリアン殿下に、私は笑いかけた。

吹っ切れたような、晴れ晴れとした、爽やかな気持ちだった。

リアン殿下は、僅かに沈黙してから彼もまた、笑みを浮かべた。


「──そうですか。それなら、良かったです」


いつの間にか、互いに足を止めていた。

どちらともなく、また、歩き出す。



──今度は、マグノリアの花を、あの時の光景を、思い出すことは無かった。





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