リアン殿下の呪い
マグノリアの近くには、ライティングデスクと椅子があり、もし、ぶつかれば──相当な痛みを伴うはずだ。
足だって、捻り方によっては私のように酷い重症になる可能性もあった。
(あれはものすごく……めちゃくちゃ痛かった!!)
そういえば、あの怪我は誰が治してくれたんだろう──?
ふと浮かんだ疑問は、焦燥でかき消された。
彼女に、あんな痛い思いをさせるのは酷だ。
あの痛みを知るから者だこそ、言える。
これ以上、犠牲者を出してはいけないと私は手を伸ばした。
しかし、やはり──間に合わない。
「っ……」
それでも手を前に、前に出した、その時。
ふ、とマグノリアの体が不自然に停止した。
「……!?」
逡巡は、一瞬。
すぐに、私は彼女の手首を掴んだ。
勢いよく引き寄せ、彼女を抱きしめる。
「大丈夫ですか!?」
すぐにパッと体を引き離し、彼女の両肩に手を添えたままマグノリアの顔を覗き込む。
彼女は未だ、動揺した様子だった。
緊張を帯びた顔で、視線を彷徨わせ、やがて私を見る。
「え、ええ……。あの、今」
「え?」
聞き返すと、彼女は僅かに沈黙した後、首を横に振った。
「……ううん、何でもないわ。お見苦しいところを見せてごめんなさい。あなたが、嘆きの魔女様ね」
彼女が、私の肩を手で押して、離れる。
先程の勢いはどうしたのか、マグノリアは静かに言った。
「私は、エヴァレット公爵家が娘。マグノリア・エヴァレット。嘆きの魔女であるあなたに、話があって来たの」
「……はい」
「あなたが本当に五百年前の人物かどうかはともかくとして。私は、お願いがあるのよ」
やはり、彼女も私の素性には半信半疑なのだろう。
淡々とした様子で彼女は私に言った。
「どうせくだらないことだろ」
茶々を入れたのは、ザックスだ。
「なっ……!」
マグノリアは、思わずと言ったように口を開きかけたが、すぐに咳払いをした。
「ンッ、ンン。その男は置いておきましょう。私は、リアン殿下の婚約者になりたいの。だからあなた、あの呪いを解いてくれない?」
マグノリアは、ザックスが言葉を挟んだことで、先程の調子を取り戻したらしい。
腰に手を当てて、ハッキリとそう言った。
私は──
「…………はい?」
思わず、間の抜けた声を零した。
なぜなら、彼女の【お願い】は突拍子のないものだったからだ。
(リアン殿下の婚約者になりたいから……魅了の特異魔法を解除する??)
困惑する私に、マグノリアが眉を吊り上げる。
「っもう!!鈍いのね!分からない?あれがある限り、リアン殿下はまともな恋ができないのよ。ただでさえ、あの方はアンジェラのせいで女性不信なんだから……」
「アンジェラ?」
また、私は聞き返した。
先程から、話が噛み合っていないような気がする。
彼女は、【嘆きの魔女】である私を探していた。
(魔女じゃないんだけど……この呼称、どうにかならないかしら……)
ちなみに嘆いてもいない。
そんなことを考えながら、私は数秒考え込んだ。
チク、タク、チク、タク。
…………チーン!
答えを出した私は、ポンッと手を打った。
「なるほど、マグノリア様はリアン殿下が好きなのですね?」
「──!!」
問いかけると、彼女の顔がボッと赤く染った。
真っ赤に熟したりんごのようだ。
とてもわかりやすい反応である。
(ハッキリ言い過ぎちゃったかしら……)
流れがよく分からなかったので思わず口に出してしまったのだが、ここは察して黙っていた方が良かったかもしれない。
彼女は唖然とした様子だったが、すぐにカッと、今度は怒りで頬を赤く染めた。
そして、マグノリアは声を荒らげて言った。
「なっ、何!?それなら何か悪い!?……そうよ、私はリアン殿下が好き。だから婚約者になりたいの!アンジェラが余計なことをしてくれたせいで、リアン殿下は全く相手にしてくれない!!だから、あの呪いを解く必要があるのよ!お分かり!?」
「リアン殿下が相手にしないのは、あなたの性格に問題があるからだろ」
「ザックスは黙ってて!!」
ぴしゃりと言ったマグノリアは「コホン」と咳払いをひとつして、ハッキリと私に言った。
「つまり、魔女様。私にとって、あの呪いはとても不都合なの。アンジェラの未練がこびりついているようで、私としても気分が悪いわ。だから、あなたが本当に五百年前。ツァオベラー王朝にいた嘆きの魔女だと言うのなら、その力を証明して見せて」
怒涛の勢いでまくし立てる彼女に、私は呆気にとられていたが、少しして、私は彼女に尋ねた。
「アンジェラって……どなたですか?」
「……聞いてない?アンジェラ、っていうのは──」




