それが魅了によるものだったら?
それから、ハッとしたように襟を正し、私を見る。
「あ!!申し遅れました。僕──私は、マーカス・アルバートリーと言います。こちらの青髪の、神経質そうな男が、ザックス・バルキュリー。後ろののほほんとして見える男がウェルノー・エイダンです」
「神経質そうな男だと?」
青髪の彼──ザックス・バルキュリーと紹介された近衛騎士がマーカスを睨みつける。
それにマーカスが「えー?」と間延びした声で答えた。
「だってお前、神経質だし、細かいじゃん。あ、でもこいつ、近衛としての腕もいいし、諜報活動もできる、優秀なやつなんですよ!!」
マーカスの、援護のつもりではないだろうが、その言葉にザックスが気まずそうに視線を逸らす。どうやら、照れているらしい。
ふたりの背後で、水色の髪を刈り上げた大柄の男性──しかし、垂れ目だからか、威圧感はない。穏やかさを感じさせる男性が苦笑した。
「騒がしくて申し訳ありません。マーカスは、五百年前の魔女……失礼、ツァオベラー王朝の人間の護衛に付くことに、興奮を隠せない様子でして。気になるようでしたら、殿下にお伝えし配置換えをすることも可能ですが……」
「何で俺だけなんだよ!!ザックスも同罪だろ!」
「騒いでるのはお前一人だ。俺を巻き込むな、バカめ」
「何だと!?」
冷たくあしらうザックスに、食ってかかるマーカス。
なんだか、私にはこのふたりがじゃれついているようにしか見えない。
この場合、飼い主はどっちだろう。
いや、どっちも犬で、マーカスは子犬……かな。子犬って好奇心旺盛でよくじゃれつくって言うし。
ザックスは成犬……うーん。成犬の顔をしてる子犬かもしれない。
何だかんだふたりは息が合うのだろう。
ヒートアップしていくふたりの会話は近衛騎士とは思えないほど、子供じみてる。
すっかり置いてけぼりの私は苦笑して肩を竦めていると、うんざりした様子でウェルノーと紹介された空色の髪の彼が、一喝した。
「うるせえ!!ここをどこだと思ってるんだ!!」
「っ…………」
ビリビリとした怒声に、私まで肩が跳ね上がる。
その勢いの強い大声に、確かにふたりは口喧嘩をやめた。
やめたのだけど──。
「団長が一番声でけーじゃんか……」
ザックスがぽつり呟いた声に、申し訳ないが私も同感だった。
ふとその時、私は気になって聞き返した。
「……団長?」
「はい。ウェルノー様は、第四騎士団の団長をしていたんです。その腕がリアン殿下に買われて、近衛騎士に引き抜かれました」
答えたのは、ザックスだ。
落ち着いて淡々とした声音からは先程、マーカスと口喧嘩していたようには見えない。
(落ち着いて静かに見えるひとだけど結構、短気なのかな……)
そんなことを考えていると、ウェルノーが苦笑した。
「俺は、元は平民なんです。力だけで成り上がって、ようやく第四騎士団長まで上り詰めました。だけど第四ってのは、いわゆる名ばかり騎士団ってやつで、平民の寄せ集めなんです。ままごと騎士団、とか、窓際騎士団とか、酷い言われようで……。【騎士団】といったら第一から第三を指し、第四は除外される」
「第一は花形なんですよ、騎士の」
答えたのは、ザックス。
マーカスは、隣に立つザックスに怪訝そうな顔を浮かべ、尋ねた。
「お前、貴族の坊ちゃんなのに何で第四にいたんだよ?」
「…………」
無言──いや、無視を決め込むザックスに、しかしマーカスは諦めることなく、彼を凝視している。これはやりにくいだろうなぁ……。
また苦笑いを浮かべていると、ウェルノーが無理にふたりの肩を鷲掴み、引き離した。
そして、にっこり笑顔で言った。
「このまま第四にいてもこんな有様じゃあ、故郷に帰った方がまだいいんじゃないかと思ったところで、リアン殿下に声をかけられました。本当に、僥倖だったと思います。俺は、あの日から、あの方に忠誠を捧げています」
ウェルノーは、そう話を締め括った。
「無駄話に付き合わせてしまい、申し訳ありません。フェリシア様は、本を読まれていたのですよね。どうぞ、続きを」
「ええ……」
私はふたたび、開いていたページを指でなぞった。
ウェルノーや、ザックス、マーカスを見るに、きっとリアン殿下の下は居心地がいいのだろう。
だから彼らは、こうして笑っている。
ツァオベラーの時には、なかった光景だ。
(フェリックス様は、従僕やメイド、騎士に厳しかったものね……)
ツァオベラー国が規律を重んじた社会だったので、それも仕方ないことだとは思うけれど。
ミスをしたメイドがクビを言い渡され、城から姿を消すことも、そう珍しくない光景だった。
フェリックス様は冷たいひとだ。
誰に対しても距離を置き、近づかせない。
そんな彼と心を通わせることを──私は、諦めてしまった。
彼は誰に対してもこのように心を開かないのだと、そう思ってしまった。
心を通わせる努力を、私は諦めた。
彼に歩み寄ることを、やめた。
怖かったのだ。
こちらが気持ちを見せても、それを切り捨てられてしまったら、と。そう考えたら──。
結局は、私の弱さの問題だ。
だけど、でも──お姉様は。
一瞬にして、フェリックス様の心を掴んだ。
「…………?」
その時、ふと生じた疑問は、しかし続く感情にかき消されてしまった。
(……もし、リアン殿下がツァオベラーの王子だったら)
少しは、違っていたのだろうか。
ふと、そんなことを──どうしてだろう。
考えてしまった、その時。
蔵書室の扉が大きく開け放たれた。
そして、ヒールの音が高く鳴る。
「こちらに、【嘆きの魔女】様がいらっしゃると聞いたのですが、どこにいますの!?」
【キャラ紹介】
マーカス:人懐っこい。愛嬌のある可愛い系の顔立ち。茶髪に薄いそばかす
ザックス:クールに見えて喧嘩っ早い。紺に近い青髪に黒縁の眼鏡。
ウェルノー:空色の髪を刈り上げており、大柄だが垂れ目。柔和なイメージを持たれやすいが血の気が多い。




