時を超えたのは、魔力の不安定さが理由?
部屋を訪ねてきたのは、リアン殿下だった。
彼は私の対面に腰を下ろすと、メイドによって紅茶が配膳されるのを待った。
ティーセットが整い、メイドが壁際に下がったところで、ようやく彼が口を開く。
「実は──先程、フェリシア様とお話したことを手記に纏めていたのです。そこで、ある可能性に気付きました」
「可能性、ですか?」
リアン殿下は頷くと、配膳されたグラスに手を伸ばす。
この時期の昼、ルーモス帝国では、冷やした紅茶を飲むらしい。
グラスの中には冷えた紅茶──に、炭酸によく似た泡がシュワシュワと浮いている。
昼間にリアン殿下に尋ねたが、これは冷却実と言い、炭酸とはまた違うようだった。
冷却実と呼ばれる果実を飲み物に入れることで、炭酸のようなシュワシュワとした泡と、仄かな甘みが広がるそうだ。
(五百年前にも、前世にもこんなものはなかったわね……)
前世考えていた【異世界】がそのまま形になったかのような国なのだ、このルーモス帝国は。
リアン殿下は、グラスを置くとひとつ頷いた。
「……はい。これはあくまで私の憶測ですが──」
そして、そこで言葉を切り、彼は顔を上げた。
じっと、こちらを見透かすような瞳は、リュミエール皇太子殿下とよく似ている。
そんなことを考えながら、私は彼の次の言葉を待った。
「時を超えたのは、フェリシア様ご自身の能力によるもの、ではないでしょうか」
「え…………」
思わぬ言葉に、私は思わず驚きの声を零した。
目を見開くと、リアン殿下は口元に手を当て、悩むようにしながら言葉を続けた。
「先程のあなたの話を聞いて、思ったのです。あなたの特異魔法は【気配遮断】。……ですが、あなたは階段から突き落とされた時──あなたの姉君……アグネス・フレンツェルに声をかけられたのですよね?それが、私は引っかかりました」
「あ……」
確かに。
言われてみたら、その通りだ。
私の【気配遮断】スキルは、第三者が私に接触する、あるいは私から声をかけ、私の存在を明らかにすることで解除される特異魔法だ。
私の特異魔法は、常時開放型。
私がひとりで行動している時に、私を見つけて声をかける……ということは不可能に近い。
【看破】の特異魔法や、【無効化】の能力を持つ人なら話は別だが──お姉様は、特異魔法を持たない。
それなのになぜ、彼女は私に声をかけられたのか?
見落としていた疑問に、私は目を見開いた。
呆然とする私に、リアン殿下が私見を口にする。
「恐らく、あなたの魔力は何らかの理由で、非常に不安定になった。アグネス・フレンツェルがあなたの特異魔法に阻まれることなく、声をかけられたのが、その証左です。逆説的に言えば、あなたの【時を超える】異能は、あなたの魔力が不安定になったからこそ発現したもの……と私は思ったのですが、いかがでしょうか」
「……では、今も私の魔力は不安定ということでしょうか?」
私は自身の両手に視線を落とした。
魔力が不安定……という自覚はない。
体調はいつも通りだし、違和感もない。
私はぽつりと、言葉を続けた。
「だから、嘆きの塔であなたは私を見つけられた……?」
嘆きの塔──私が部屋を出てすぐ、リアン殿下は塔の中に入ってきた。
私が声をかける前に、彼は私に気がついたのだ。
私の特異魔法が発動しているのなら、彼は私に気付かなかったはず。
この世界──五百年後の、このルーモス帝国では私の特異魔法が効かないのかとも思ったけど、メイドは私が声をかけるまで私に気付かなかった。
リュミエール皇太子殿下も、近衛騎士が私に同行していたから、私に気付いたのだ。
五百年の時を超えたからと言って、私の特異魔法が使えなくなったわけではないようだった。
私もまた考えながら発言すると、リアン殿下が考え込むように眉を寄せる。
「それは──」
彼が何か言いかけたところで、部屋の扉が再びノックされた。
ハッとした様子で、リアン殿下が顔を上げる。
取り次いだメイドが、困惑した雰囲気を纏わせながら、彼に尋ねる。
「エヴァレット家のご令嬢がいらっしゃっております」
リアン殿下はその名に、すっと瞳を細めた。
そして、彼は外套の襟を直しながら言った。
「……早いね。もう聞き付けたのか」
「いかがしますか?」
「用向きを確認し、私からの説明を求めるようであれば応接室に。……申し訳ありません、フェリシア様。急用が入りました。先程の話はまた後程。侍従を向かわせます」
リアン殿下はソファから立ち上がると、私にそう言った。
(エヴァレット家……)
聞き覚えのない名だ。
ツァオベラー国から続く家ではないのだろう。
私も彼と同じように席を立ち、ドレスの裾を摘み淑女の礼を執った。
「承知しました。お忙しいところ、お時間を取っていただきありがとうございました」
そして──
淑女の礼を執っておいて、今更なのだけど。
私はあることに気がついた。
(この礼法……今も通用するのかしら……!?)
私の知っている淑女マナーは五百年前のもの。
古き良き……といえば聞こえはいいが、間違いなく時代遅れだろう。
私にとっては最先端でも、ルーモス帝国からすれば五百年前。
リアン殿下は、気付いていてあえて指摘していないのかもしれない。
彼の優しさの可能性に気がついた私は、決意した。
(後で、礼儀作法に関する本を探しておこう……!!)
少なくとも、今すぐ五百年前──ツァオベラー国に戻ることは不可能だ。
時を超えたからくりすら、まだ分かっていないのだから。
だから、この国に滞在することになる以上、淑女としての礼儀作法は知っておいた方がいい。
私は、リアン殿下を見送りながら密かに決意した。




