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お姉様に恋した、私の婚約者

……という言葉は、ぐっと呑み込んで。


「運命の人に出会われたからですか?」


にっこり笑って尋ねた。

フェリックス様は、鷹揚に頷いた。


「ああ、そうだ。私は、運命に出会ってしまったんだ。分かるだろう?」


いや、分かりたくないですわ~~!!


頭ではもちろん分かってる。

なぜなら、私は前世の記憶を思い出しただけで、今世の記憶を完全に喪失したわけではないのだから。

それでも、常識を常識として理解できるか、と言ったら話は別なのよね……。

フェリックス様は、憂い顔で話を続けた。


何なのこの独壇場は。

リサイタルを勝手に開くな。


「彼女が……アグネスこそが私の運命なんだ。仕方ないんだよ。これは……神の定めた運命なのだから。すまない、フェリシア。私を許してくれ」


「フェリシア……!ごめんね、ごめんなさい。私、あなたのお姉様なのに……ひ、う、ううっ」


フェリックス様の後に続くお姉様の嗚咽。

ハイハイ茶番劇ですね、茶番劇ですわ。


手を叩いて「はいカットーー!!」って言って差し上げたいくらい。


前世の知識をご存知ない彼らは、映画監督という職業をそもそも知らないだろうけど。


私はそっと、自身の顎に指先を数本押し当てた。


「我が国の王太子殿下が【運命】に出会われたのですもの。もちろん、私だって祝福いたしますわ」


にっこり、私は微笑んだ。


私はそこそこ(・・・・)可愛い顔立ちなのもあって、こうして微笑むと邪気なく見えるのだ。それを私は熟知している。

自分の顔ですもの。


この十八年間、何度となく鏡と睨めっこしてきたもの。


「だけど、王太子殿下?そして、お姉様。あなたがたは【運命】の制度で強制的(・・・)に想いが通じ合った……ということですの?それはあまりにも寂しいと私は思いますの」


「ど……いう」


そこで、お姉様がヒュッと喘鳴音を零した。


「アグネス!!」


フェリックス様が悲鳴のような声でお姉様を呼ぶ。


「…………」


青白い顔でぜえぜえ荒い呼吸を繰り返すお姉様と、懸命にその背をさするフェリックス様。おふたりを見て、私は──。


(いや!!ものすごく、病弱!!)


どうしてここに来たの!?

どうしてここに来たの!!(二回目)


混乱した私は、今度こそパンッと手を叩いた。

そして、状況の収束をはかって、声をかけた。


「このお話はまた後ほど!!今はお姉様をベッドに戻す方が先決ですわ!」


「あなたが、アグネスを興奮させたからっ……」


つい、と言った様子でフェリックス様が言葉をこぼす。


(は…………はああぁ!?)


思わず、そんな彼を睨みつけそうになって──寸前で、私は取り繕うように微笑を浮かべた。


「そうですわね。次はお姉様がいない時にお話しましょう、殿下。また(・・)お姉様が体調不良になったら大変ですから!!」


「それは」


「嫌……!」


お姉様がいる手前、フェリックス様は頷きにくいのだろう。

か細い声でお姉様が叫ぶが、ここは聞こえなかった振りをさせてもらう。


「誰か!!お医者様を呼んで!!馬車の手配をお願い!!」


大声で叫べば、王族専用区域といえど、流石に近衛騎士と、侍女が慌てた様子でやってきた。

苦しそうに咳き込むお姉様と、それを慰めるフェリックス様。

お姉様の病弱──お体が弱いのは、同情するし、不憫だとも思う。


だけど……だからといって、それを免罪符に全ての理不尽を許すつもりも、それを許容する気もなかった。


お姉様はフェリックス様に支えられ、庭園を出ていった。

私も、彼らとは反対方向に足を踏み出した。


「フェリシア」


その時、背後から名前を呼ばれた。

振り向くと、フェリックス様が、その紺青の瞳を私に向けていた。

それは随分冷たく、そして厳しい視線だった。


「……はい」


フェリックス様が私を呼び止めたことで、お姉様も苦しそうに咳き込みながら顔を上げる。

フェリックス様は、私をじっと見つめ、静かに言った。


「彼女は、私の【運命】だ。互いに紋様が現れたのがこのタイミングだっただけで……もっと早くに出現する可能性だってもちろんあった。私は、アグネスと……いや。私は、生まれた時から、この命を彼女に捧げているんだ」


「それは……素敵なお話ですわね」


笑みを浮かべたものの、それは物凄い冷笑になってしまったのだろう。

私の顔を見たお姉様が、ひゅっと息を呑んだから。


「……それでは、フェリックス様。ごきげんよう。お姉様をよろしくお願いします」


私はドレスの裾を摘んで、淑女の礼(カーテシー)を執った。

顔を上げ、今度こそにっこりと、邪気のない笑みを浮かべる。


「お姉様、邸でまた会いましょう。私は、お父様に報告して参ります」


「フェリシア──」


お姉様が、何か言いかけようとしたけれどそれは聞こえなかったことにして。

私はくるりと背中を向けた。


これ以上この場に留まって、お姉様の体調不良の原因にされてはたまらないからだ。


アーチをくぐって庭園を抜け出して、回廊に戻る。

思い出すのは、フェリックス様──私の、婚約者の言葉。


『私は、生まれた時から、この命を彼女に捧げているんだ』


(……そもそも)


私は、回廊を歩きながら考える。


(【運命】の紋様が出現する前に──ふたりとも、恋に落ちていたわよね?)


だって、私は見てしまったの。



お姉様に恋した、私の婚約者の姿を。

私の婚約者に恋した、お姉様の姿を。



あの時のことを、私は忘れられない。

ふたりが恋に落ちた、その瞬間を。


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