互いに半信半疑
「私は、ルーモス帝国皇太子リュミエールと言います。……話は文官から聞いています。あなたが、嘆きの塔の魔女ですね」
「……その、魔女、というのは」
あまり言われたくない呼び名だった。
前世、外国ではその称号を得ると火炙りにされていた時代があった……という知識が脳内をチラつく。
私が帝国に害を及ぼす存在だと思われてしまったらどうしよう。
そんな想像に、胃のあたりがキリキリと痛みを覚えてくる。
(城下町でいただいたサンドイッチ、美味しかったなぁ……)
現実逃避気味に私は考えた。
それは、メレンゲを使ったサンドイッチらしい。
アイディアが斬新すぎる。
口当たりは柔らかく、仄かな甘みが濃厚なソースによく合っているのだ。
じっと私を見つめるリュミエール皇太子殿下の視線は疑っているようにも見える。
(……そうよね!!普通、信じられないわよね!!五百年前の人間、だなんて)
あまりにも突拍子が無さすぎる。
『隕石が星にぶつかって、地上に落ちてきた宇宙人です!』と言われるのと同じくくらい、信ぴょう性がない。
リアン殿下が信じてくれたのは、ある意味奇跡のようなものだ。
リュミエール皇太子殿下の顔には、表情という表情がない。
ただ、じっと私を見つめてくるので、後ろめたさがなくても居心地が悪い。
思わず、そろりと視線を泳がせそうになったところで、彼が言った。
「失礼。あなたは、フェリシア・フレンツェルと言うのでしたね」
低い声で、彼が訂正した。
そして、リュミエール皇太子殿下は窓の外に視線を向けた。
ようやく、彼の視線から逃れられ、そっと私は気づかれないように息を吐いた。
(目力が強いな……)
「弟は、昔からあの塔に執心していました」
どうやら、リュミエール皇太子殿下の視線の先に、例の塔があるようだった。
「魔法学に興味を持った弟は、あらゆる方法で解呪を試みたのです。……本来、魔法省の統括は皇帝から皇太子に引き継がれるものです。ですが、私が提案し、リアンにやらせることにしました」
皇太子の役職を、第二皇子が──。
それは、そう簡単に変えられるもの、なのだろうか。
皇太子の座を、第二皇子が狙っていると取られておかしくないし、良からぬことを企む人間が現れるんじゃ──。
そんなことを考えた矢先、ふ、とリュミエール皇太子殿下が私を見た。
そして、口端を持ち上げ、皮肉げに笑う。
その冷たい微笑にドキリとした。
もちろん、恋の高鳴り的な意味合いではない。
心臓が冷える、という意味で。
「流石、貴族のご令嬢ですね。五百年という時を経ても、考えることは同じらしい」
「……皇位継承問題に繋がってしまったのですか?」
考えを見透かされてしまったのなら仕方ない。
正直に思ったことを口にすると、しかしリュミエール皇太子殿下は「いいえ」と首を横に振った。
…………いいえ!?
だってさっき、そういう雰囲気だったわよね!?
固まる私に、また彼が低く笑う。
「火種が燻る前に、私が全てその芽を摘み取りましたので。問題はありませんでした」
…………どうやら、ルーモス帝国の皇太子殿下は、相当に好戦的なようだった。
返す言葉を失っていると、またリュミエール皇太子殿下は窓の外に視線を向けた。
「それに、私自身、剣を振るう方が性分にあっている。向き不向きというものです。私が大して興味のない魔法省の総括になったとして、それは停滞を意味します。今以上の発展は見込めない。それでは、帝国の利にはならない」
ハッキリ、リュミエール皇太子殿下はそう言い切った。
その言葉に、声音に、私は、彼から王者の気質を感じ取った。
目を見張る私を再び見て、リュミエール皇太子殿下は言葉を続けた。
「リアンは魔法学に対し、貪欲なまでの好奇心、興味があります。……そして、あなたという更なる興味対象を得た」
リュミエール皇太子殿下が数歩、私の方に歩いてくる。
そして、トン、と私の左肩を指先で触れた。
「……!」
思わず顔を上げる。
近い距離で、リュミエール皇太子殿下は私を見て言った。
「弟を、よろしくお願いします。魔女様」
☆
宛てがわれた客室に戻ると、私はズルズルとその扉に背を預け、座り込んだ。
(あれ……)
『弟を、よろしくお願いします。魔女様』
リュミエール皇太子殿下は表情らしい表情を浮かべていなかった。
そこには、好意も、悪意も、何も無かった。
ただ、彼はじっと私を見ていたのだ。
あのアメジストの瞳に射抜かれると、まるで心内を見透かされているようで──酷く、落ち着かない。
少なくともツァオベラー国の社交界には、彼のようなタイプのひとはいなかった。
だからこそ、緊張するし、僅かな時間だったというのに酷く疲れた。
「はぁ…………」
ため息を零し、私はようやく立ち上がった。
そのままソファに腰を下ろし、背もたれに背を預ける。
(あれは──牽制された……のかしら)
『必要以上に、弟に近づくな』と。
リュミエール皇太子殿下にとって私は得体の知れない人間だ。
私がフレンツェルの人間だと証明するのは難しい。
過去の生活や私自身の生い立ちを説明することはできるが、それはあくまで口頭証拠にしかならない。
誰もが一目で納得するような物的証拠を私は持ち得ないのだ。
(私の特異魔法がもっと華やかだったらなぁ……!!)
例えば、パレードの時に重宝される【花を降らせる】能力だったり。
【人形やぬいぐるみを意のままに動かす】能力だったり。
そういうものであれば、能力の発動を見せることが出来るので、証明が可能だ。
だけど、私の特異魔法は、常に発動する常時解放型。
だから、『特異魔法をご覧にいれましょう!!』といった、お披露目ができないのだ。
(五百年前に戻る方法を探しつつ、私の身元を保証する確たる証拠も揃えなきゃならないわね……)
やることが……やることが多い!!
思わず頭を抱えた、その時。
部屋の扉がノックされた。




