この世界で私だけが異分子
リアン殿下と昼食を摂った後、私は城を自由に歩く許可をいただいた。
私の身の安全のため近衛騎士をつけられたが、恐らくそれは監視の意味もあるのだと思う。
彼らからしたら、私は五百年前から突如現れた、得体の知れない人間。
そもそも、五百年前の人間が現れるなんて荒唐無稽な内容、半信半疑のひとも多いだろう。
実際、私も少し疑っていた。
だけど、彼と城下町に降りて昼食を摂った時──理解した。
ここにいる人たちは皆、五百年後の世界を生きている、と。
誰も、ツァオベラーの話をしない。
みな、当然のようにこの国【ルーモス】の話をする。
発達した技術に、新たな建築物。
変わった地形、地図。
それを目にしては、さすがに信じざるを得なかった。
(ここは、五百年後の世界なのだ、と──)
リアン殿下から許可をいただいた私は、城内を歩いていた。
歩いてみてわかったけど……。
構造が全く違う。
それも当然だ。あれから五百年が経過しているのだから。
それにここは、ツァオベラーの城があった場所ではない。
ツァオベラーの時とは、王都の位置が変わっているのだ。
同じ国土だと言っても、全く違う国のように見えて仕方ない。
(五百年、かぁ……)
改めて、その年数を思う。
あまりに気が遠くなるほどの月日だ。
いまいち実感は湧かないが、やはり、これは現実なのだろう。
廊下を歩いていた私は途中で止まると、窓際に寄った。
窓の外に見えるのは、各省の拠点である大きな塔。
あれは、省塔と呼ばれるらしい。
各省は、王城を囲むようにそれぞれ建てられており、有事の際は軍事拠点にもなるようだ。
塔と塔の間には、皇族しか使うことの出来ない【光魔法】で結界を張り、許されたものしかこの城には足を運ぶことが出来ない。
私のいた、嘆きの塔──(と呼ばれているらしい。先程知った)は、五百年前のツァオベラー城の近くあるので、当然ここからも距離がある。
リアン殿下は、幼少の頃から数人の近衛騎士を連れ、嘆きの塔まで遠征をしていたとのことだった。
ピーヒョロロ…………。
窓の外から、和やかな鳥の鳴く声が聞こえてきた。
窓に背を預け、私はまたため息を吐く。
足元の赤いカーペットを見つめながら、私はゆっくりと思考を整理した。
【1.どうやって五百年前に戻るか。
(そもそも、どうやって私は時を超えたのか)】
(これが、一番重要だわ……)
そして、他に気になることは。
【2.アーノルド・アバークロンビーと、お姉様の関係は何なのか。お姉様はアーノルドに頼んで魅了魔法を使ってもらったのだとしたら、アーノルドの目的は何だったのか。
3.なぜ、五百年の間、開かずの間と言われていた嘆きの塔の封印された部屋の扉が突然開いたのか。
4.運命の人制度が偽りだったとするのなら、ツァオベラーの建国神話そのものが崩れることになる。誰が、何のために嘘を流布したのか。
5.リアン殿下の魅了魔法の解呪】
4と5は私に直接的には関係の無いことだから、リアン殿下には申し訳ないが今は除外するとして。
問題なのは、1~3。
1と3は類似してるので纏めるとして──こんなものかしら?
・お姉様とアーノルドの関係。
・そして、私が時を超えてしまった理由。
その二点の謎を、説き明かす必要がある。
(私の特異魔法の能力は【気配遮断】……。時を操る系統の能力ではないわ)
それなら、私自身は関係なく、部屋になにか仕掛けられていた?
それとも、第三者が私に魔法をかけ、さらに部屋にも細工を施した……?
考えても、そもそも考察材料の手がかりすらないのだ。
これでは、完全に憶測のみの推理となってしまう。
(うーん……落ち着かない)
早く五百年前に戻らなければ、という気持ちはある。
その気持ちはあるのだけど、フレンツェル公爵家に戻りたいか……と聞かれたら、それは否だった。
だけど、この時代は私の生きる時代ではない。
私は、元いた場所に帰らなければならない。
漠然と、そう思うのだ。
この世界に、私の居場所は無い──と。
そのままぼんやりと考え込んでいると、向いからひとが歩いてきた。
長身に、その肩には白の外套を羽織っている。
そのひとは、堂々とした歩き方で、私はその人が誰かすぐに目星がついた。
恐らく、皇族──。
私の背後に控えていた近衛騎士たちが、一斉に膝をつく。
それで、彼も私に気がついたようだ。
眩い金髪に、少し長めの前髪。
サラサラとした髪は、クセがなさそうでうらやましい。
そして、私を静かに見つめるその瞳は、紫──。
彼は私の前で足を止めると、尋ねた。
「あなたが五百年前からの客人ですか」
その声は淡々としており、リアン殿下よりもずっと低い。
恐らく、リアン殿下のご兄弟──彼より大人びているように見えるので、兄君だろう。
……つまり、皇太子殿下。
緊張しながら、私は淑女の礼を執った。
「……仰る通りです。私は、ツァオベラー王朝で公爵位を戴いていた、フレンツェル公爵家の娘、フェリシア・フレンツェルです」




