魅了の特異魔法
「…………こ、れ」
「魅了の特異魔法です」
ハッキリとした様子で、リアン殿下は断言した。
それから、カフスボタンを嵌め直し、袖口を戻す。
「少し、私の昔話に付き合っていただけますか」
☆
リアン・ルーモスには、幼馴染がいた。
とは言っても、リアンは皇族だ。
皇妃にティーパーティーに連れて行かれるようになってから、彼は多数の貴族子息、子女たちと交流するようになった。
彼女は、その中のひとりだった。
リアンには、幼馴染という括りの人間が大勢いる。
昔からの付き合いだけでいうなら、それは幼馴染だ。
だけど、幼馴染が友人か、と言ったらそれは話が別だった。
彼女は、リアンに興味を抱いた。
それは、少女ゆえの強い憧憬を含めた、恋慕だったのだろう。
彼女は、何度もリアンに近づこうとしたが、当時から魔法以外に興味がなかったリアンは、彼女を苦手としていた。
彼女は、心中に土足で踏み込むかのように、遠慮がない。
良く言うなら、人見知りをしない。
悪く言うなら、図々しく、馴れ馴れしい。
彼女は彼女で、リアンに近づくのに必死だっただけなのだろう。
だけどリアンには、夢があった。
それは、【封印された部屋】の扉を、解呪すること。
今まで、この五百年誰も開けることの出来なかった、呪われた扉。
中には、婚約者に裏切られた魔女が、絶望と悲しみの中、眠っている、という──。
彼女は、今もその部屋の中で眠っているのだろうか。
魔女は、どんな見た目なのだろうか。
もし、リアンが解呪に成功して扉を開けられたのなら。
彼が、彼女を起こすことは出来るのだろうか。
考え始めたらキリがなく、リアンはいくつもの可能性を予想した。
リアンはそれに忙しく、社交をしている暇などなかったのだが、彼女はそれを無視して彼を訪ねてくる。
彼女の相手をしている時間すら惜しく、リアンはますます彼女を忌避するようになった。
堅実で、真面目が服を着たような兄と違って、リアンは昔から好奇心が旺盛で、学者気質だった。
気になることがあったら、調べずにはいられない。
その好奇心と興味は、子供でありながら古代の文献を解き明かしてしまうほどだった。
今までこの五百年、どんな高名な学者や、強い魔術師でも、終ぞ解呪することは叶わなかった、封印された部屋。
自分がその謎を解き明かす──なんてロマンのある話なのだろう。
幼い頃から、リアンは【封印された部屋】の秘密にのめり込んでいた。
彼が十五歳の時。
ついに痺れを切らした彼女が、婚約を父親に強請った。
父は、皇帝に第二王子を婿に、と話を持って行ったが、そもそも彼女の父は、歴史ばかりが古い、力のない下級貴族。
けんもほろろに断られ、父は傷心の娘を励ました。
『相手が悪かった』
もし、相手が皇族でなければ。
平民なら、こうはならなかった。
次は、確実に手中に収められる相手にしなさい、と父は娘を説得した。
しかし、彼女は納得できなかった。
彼女の【運命】は、間違いなく彼だ。
これは【運命】で神の思し召しなのだ……と彼女は確信を抱いていたからだ。
☆
「──と、ここまではよろしいでしょうか」
リアン殿下は、そこで言葉を切った。
彼の声は淡々としていて、その声に感情は乗っていない。
私は、混乱しながらも、自分の思考を整理するように言った。
「……ですが、先程特異魔法を使える人間はもうルーモスにはいないと」
先程彼が言った言葉を繰り返すと、僅かにリアン殿下は眉を寄せた。
そして、まつ毛を伏せると、物憂げな様子で、言葉を続ける。
「……この話には、続きがあります」
彼は、ゆっくりと話を続けた。
「……そもそも、彼女の家は、第一次魔法大戦で敗北し、爵位を取り上げられるまでは、国中の誰もが知る名家でした」
第一次魔法大戦は、ツォアベラーの王朝を倒そうと、スペンダー伯爵が決起し、起きたものだと彼はそう説明していた。
第一次魔法大戦で敗北し、爵位を取り上げられるまでは……ということは。
つまり、その【彼女】の家は、ツァオベラー国において、誰もが知る名家だったということ──。
それに気付いた私が目を見開くと、リアン殿下が、私を真っ直ぐ見つめて言った。
「あなたもご存知だと思います。彼女の家は──五百年前、ツァオベラーの王朝において、アバークロンビーの名で公爵位を戴いていました」
アバークロンビー……公爵位。
パッと、ひとりの男の顔を思い出した。
それは──
(アーノルド・アバークロンビー……!!)
あの男の、名前だ。




