運命の人、それは██魔法?
そんな、大事なことを今になって気がつく。
もう、フレンツェル公爵家の娘ではない。
お父様に勘当される覚悟でプレゼンするつもりではあったけど、フレンツェル公爵家どころか国さえなくなっていた……と聞いてどうすればいいのか。
(不安になるのは、何も分からないからだわ。まずは、知らなければ!!)
そうだ。何事も、情報収集が大切!!
私は何とか気持ちを持ち直して、顔を上げた。
リアン殿下は、難しい顔をして眉を寄せていた。
恐らく、さっきの私の言葉を考えていたのだろう。
「フェリシア様は、自ら封印を施されたわけでも、長年立てこもっていたわけでもない……ということなのですよね?」
確認されて、私は頷いた。
それから、ずっと疑問に感じていたことを口にする。
「そもそも、五百年も同じ空間に居続けることは可能なのでしょうか?私は人間です。五百年も生きられません……」
私に五百年が経過したという感覚は無い。
私にとっては五日間だ。
部屋の壁時計を見て過ごしていたのだから、それに間違いはない。
私の言葉に、リアン殿下がゆっくりと言った。
「……我々は、あなたを嘆きと悲しみの魔女だと思い込んでいました。あなたが、自ら望んで部屋に入ったのだと──」
「待ってください。その、嘆きと悲しみのって何ですか?私は嘆いても悲しんでもおりませんわ。五日、部屋に籠っていたのはやるべきことがあったからです。自暴自棄にひきこもったわけではありません」
「……封印された部屋の魔女に纏わる噂は、諸説あります。だけどそのどれもが一致しているのが」
そこで、リアン殿下は言い難そうに視線を逸らす。
それから、小さく言った。
「……『彼女は婚約者に裏切られ、失意の底に落ちた』というものです」
「は……」
思わず、呆気に取られてしまった。
婚約者に裏切られたのは、確かに合っている。
フェリックス様は、あれを裏切りとは言わないだろう。
彼には、裏切ったという自覚がないからだ。
『お姉様を望むことは【運命】なのだから仕方ないこと』
彼は本気でそう思っている。
運命なら、裏切りではない、と。
確かに裏切られはしたけど。
それでも、失意の底に落ちて絶望してはいない。
それなら、私も私の人生を生きようという、転機になっただけで。
ふと、私は考えた。
(……リアン殿下は、どこまで知っているのかしら)
顔を上げ、私はリアン殿下に尋ねた。
「あなたは、お姉様とフェリックス様のことをご存知なのですか?あのふたりは……」
【運命】だったのだ、と続けようとすると、その前にリアン殿下が答えた。
「はい、知っております。魅了魔法によるものですね」
「そう、運命の人──…………。えっ!?魅了!?!?」
令嬢にあるまじき素っ頓狂な声を出した私を見て、今度はリアン殿下の方が困惑したようだった。
「過去の文献には、アグネス・フレンツェルが魅了魔法を行使し、王太子フェリックスを篭絡したと記されています。それが、後の第一次魔法大戦を引き起こしたきっかけだったと、後世の人間……つまり、我々は思っています」
「お姉様とフェリックス様は、運命の人でした。彼らの手の甲には揃いの紋様があって……神殿も、それを祝福しておりましたわ。予知の神官が言ったのです。魔法使いには、運命がいると」
焦りのあまり、私の言葉は取りとめのないものになってしまう。
これでは、リアン殿下からしたら、私が何を言いたいのか分からないことだろう。
(落ち着いて、要点をまとめないと)
混乱する頭を静めようとするが、なぜ?どうして?何で?ばかりが脳内を駆け回る。
だって、運命の人は絶対的な制度で──。
それが、魅了……魔法、によるものだったなんて。
もし、そうなら。
それなら、私は。
フェリックス様は。
ツォアベラーの社交界は。
(皆、騙されていたことに──)
混乱する私に、リアン殿下が酷く落ち着いた声で、言った。
「紋様……というのは、こういったものですか?」
そして、彼はおもむろに袖のカフスボタンを外し、それを捲った。
白い肌が露わになる。
私は、それを見て息を呑んだ。
リアン殿下の手首の内側──そこには、見慣れた赤の紋様が、刻印のように刻まれていたからだ。




