封印魔法は誰がかけたの?
「第一次、魔法大戦……」
そんな大規模な戦争が──私の知らない間に、起きていたなんて。
部屋にこもっていたら五百年が経過していた、なんてあまりにも実感が無さすぎる。
これは全部作り話で、実はここはツァオベラー国でした……と言われた方がまだ納得出来る。
(そうだわ、彼の話は嘘かもしれない。五百年なんて経過してなくて、彼らが嘘を吐いているだけ……)
右も左も分からず、言われたことをそのまま信じるのは危険だ。
何か、ここがどこかわかる証拠を得なければ──。
私がそう思ったところで、扉がノックされた。
複数の文官が入室してきて、その手には古い書物を手にしていた。
彼らは恭しい手つきで、それをテーブルの上に置いた。
ブックカバーは日焼けし、燃えた跡のようなものも見えた。
その表紙には──
「ツァオベラー歴史書です。こちらは、事実のみを記されたもので、推測や憶測による考察は記載されておりません」
ツァオベラー歴史書。
その文字は掠れ、書かれてから随分長い時を経ているようだ。
リアン殿下は、本を開くとページを指で指した。
白の手袋を嵌めたまま触れているところを見るに、貴重な書物なのだろう。
リアン殿下は、本に視線を落としながら言った。
「聖暦370年9月11日。アーロン・スペンダー伯爵が反旗を翻す。第一次魔法大戦の始まりである──。ここです」
「アーロン・スペンダー……」
「ご存知ですか?」
その言葉に、私は頷いた。
社交界ではあまり目立たない、温厚な男性だ。
一人娘がいて、彼女もまた、あまり社交界には出ない控えめな性格の令嬢だった。
(彼が、反旗を……?)
あまり、想像がつかない。
部屋に五日間篭っていたら、五百年が経過していたなんて、酷い冗談のように思えるけど、彼の話には矛盾がない。
私を騙すためだとしても、手が込んでいるし、まるで本当のことのようだ。
「話を続けます。詳細にお伝えしても今は混乱されるだけかと思いますので、割愛しますが──その後、第一次魔法大戦に勝利したのは、アーロン・スペンダー率いる連合軍側。彼らは、新たな王朝を築きましたが、それも一代で終わりました。私の一族が、さらに革命を起こしたためです」
リアン殿下は、数ページ捲ると、また該当部を指で示した。
「私の一族は、五大属性魔法に加え、特殊魔法──光魔法と闇魔法と言われるものを生み出しました。我が一族は、特殊魔法の第一人者です。それを利用しようとした当時の王に随分煮え湯を飲まされ……立ち上がったと聞いています。これが、第二次魔法大戦。今から約四百年前の話です」
「そ……こから今まで、その王朝が継続しているのですか?」
リアン殿下は私の問いに頷いて答えた。
彼の立場を考えれば、あまりに失礼な、非礼極まりない質問だったことだろう。
だけど私は混乱していた。
五百年の間に大規模な魔法大戦が二回あって、王朝が交代して……?
もしこれが嘘だったとしたら、彼は何のために嘘を吐くのだろう。
壮大な話すぎるし、私にそんな話を信じ込ませて彼に利点はあるのだろうか。
やはり、これは嘘ではなく、現実に起きていること、なのでは──。
薄々、感じていた予感が確信に変わっていく。
同時に、足の先がすぅっと冷えていくような感覚に陥った。
もし、ここが五百年後の世界なら。
私は、自分が元いた世界に、帰れるのだろうか。
「そして、私は長年【封印された部屋】の扉を研究してきました。私は、皇子という立場にありますがなにぶん二番目なので、割合自由にさせてもらっているのです」
リアン殿下が、書物から顔を上げて私に言う。
私の気を楽にさせるためか、柔らかい微笑みを浮かべている。
だけど、それに反比例するように私の顔はどんどん強ばっていく。
「私は、幼い頃から魔法学に興味がありました。魔女──失礼。フェリシア様のいらっしゃる部屋の扉には、今まで誰も解くことの出来なかった封印魔法がかけられていたのです」
「……私は、部屋に五日間籠っていただけです。魔法を使った覚えはありません。それがどうして、五百年後に……?」
私の声は細く、頼りないものだった。
私の恐れや不安を、そのまま形にしたかのよう。
(ここが……五百年後の世界だと言うのなら)
私は、これからどうすればいいの?




