特異魔法と、五大属性魔法
尋ねると、目の前の文官(と思わしき人)は目を瞬いた。
「えぇと……それは」
「『封印された部屋には、悲しい魔女が眠っている。その眠りは何人たりとも妨げることは許されない』……。そんな口伝が、我が国にはあるのです。……気分を害されましたか。そうであれば、国を代表し、私が謝罪いたします」
答えたのは、金髪の男性。
長い髪をひとつに纏め、胸元に流している。
白の外套を身にまとった彼が席を立ち、胸に手を当てて頭を下げた。
それに、私は慌てた。
「いいえ。責めたかったわけではないのです。ただ、どうしてなのだろうと……。改めまして、私はフェリシア・フレンツェル。聖暦345年12月3日生まれで、父はフレンツェル公爵です」
私の言葉を、文官が手にした文具で紙に記していく。
金髪の男性──恐らく、このひとが、リアン殿下。
彼は、私の近くまで来ると、手を差し出してきた。
エスコートしてくれる、ということなのだろう。
その好意に与り、私は彼の掌の上に、自身の手を重ねた。
そのまま、ソファまで連れていかれた私は、リアン殿下の対面に腰を下ろした。
彼も同様に席に座ると、まつ毛を伏せて答えた。
「……フレンツェル公爵家。あなたの言葉を受けて、過去の文献を探しました。確かに、五百年前まで存在していた家名ですね」
「五百……!?」
思わず、私は彼の言葉を繰り返した。
五百……。
五百って。
相当な時間が経過しているのだろうとは思ったけど──それでも、五百年って。
少し、想像がつかなくて呆気に取られる。
そんな私に、リアン殿下が確かめるように私に尋ねた。
「あなたは、フレンツェル公爵家の次女。フェリシア・フレンツェルですね?暗黒の時代を作り出した、と言われるアグネス・フレンツェルの妹──」
「お姉様を、ご存知なのですか!?」
思わず身を乗り出した。
私の様子に、リアン殿下と背後の青髪は、ちら、と視線を交わす。
何だろう、今のアイコンタクト。
息を詰めて答えを待っていると、リアン殿下が眉を寄せ、言い難そうにしながらも、答えた。
「あなたの姉君……アグネス・フレンツェルは、ツォアベラーの破滅を招いた……いわゆる、悪女だと言われています」
「え……」
息を呑む。
(お姉様が、悪女?)
私が部屋にこもって──なぜか、五百年が経過していて。
その間に、ツォアベラーには何が起きたのだろうか。
呆然とする私に、リアン殿下が言った。
「順を追って説明します。そして、自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私は、リアン・ルーモス。ルーモス帝国の第二皇子です。そして、こちらが、私の近衛騎士のマシュー」
リアン殿下は、背後を仰いで自身の近衛騎士を紹介した。
青髪の彼は、マシューと言うらしい。
ようやく彼の名前がわかった……と思った私だが、ある重大な事実に気がついた。
(……帝国!?)
王国、ではなく!?
目を見開いて驚きに固まる私に、リアン殿下が苦笑する。
「まず、五百年前ですが──ツォアベラー王朝の崩壊は、五大属性魔法の台頭が大きな理由でした」
「五大属性……?あ……さっき、メイドが火魔法と水魔法の話をしていましたわ。私はてっきり、特異魔法の類の話かと……」
私の言葉に、リアン殿下は困ったように笑った。
「……特異魔法はもう既に廃れて久しく、今現在、特異魔法を使える人は、ルーモスにはいません」
「え…………」
「学者たちが躍起になって特異魔法を復活させようとしていますが、なにぶん、それを記載した書物は失われてしまった。第一次魔法大戦で全て、焼かれてしまいましたから」




