どこかで聞いた、声
…………魔女?
思いもしない呼ばれ方をして、私は笑みが引き攣った。
「お待ちください。今、支度のメイドを呼んで参りますので……!」
「あっ」
メイドの女性は忙しなく部屋を出ていった。
(何も聞けなかったわ……)
その後、すぐにハウスメイドと思われる女性たちが部屋に入ってきた。
彼女たちに促されて、ドレッサーの前に座る。
女性たちは、様々なものを手にし、口々に言った。
「こちらが、洗顔用の水魔石です。肌に優しく、社交界のご婦人はみなこちらを使われているのです。洗顔には、こちらを使用いたします」
「魔女様の御髪は大変美しい桃色なのですね。こちら、ブローして参ります。私は火属性の魔法を得意としておりまして、恐れながら私がブローを担当致します」
「私が水魔法担当です。少しひんやりしますが、すぐに暖かくなりますので……」
待っ……待って待って!!
口々に話される上に、そのどれもが馴染みの無い言葉!!
それらを、彼女は至って当然のように話している。
アクアカルマって何!?
その水晶みたいな石のこと!?
メイドのひとりは手のひらに水を生み出している。
水に関する特異魔法を持っている方なのしら……!?
聞きたいが、彼女達の手際はテキパキとしていて、聞く暇がない。
いつもよりずっと短い時間で、私は全ての身支度を終えた。
白のデイドレスを着せてもらった私は、驚きを覚えていた。
(コルセットが痛くない……)
今までのコルセットといえば、鯨の骨を使用したものだったので、それはもう、とんでもなく痛い。
締め付けすぎて胸元が出血した婦人の話だって聞いたことがあるほどだ。
それなのに、今は──。
(というか、この素材……ゴム?)
前世、馴染み深かったゴム素材な気がする。
ドレスの型も、私の知る流行りとは全く違う。
ツォアベラーでは、胸元が見えるほど切り込みの深いドレスが主流とされたが、今、私が着ているものはハイネックドレス。
袖もぴったりとしていて、手首まである。
レース素材で作られているため、 古めかしい、というより清楚、といった印象を覚える、そんなドレスだ。
姿見の前で自分の姿をまじまじと確認していると、ひとりのメイドが私に言った。
「リアン殿下がこちらでお待ちです」
メイドは、続き扉を示した。
なるほど、寝室と応接室が続き扉になっているのか。
ここまで全く質問ができず、状況も未だよくわかっていないけれど──
ひとつ、手がかりは得た。
彼女は、今、殿下がお待ちだ、と言った。
それはつまり、ここは城の中、ということになる。
(……ということは、ここは城の貴賓室?)
どうりで広いはずだ。
私は頷いた。
調度品の趣味もいい。
……今代の王は、どんなひとなのだろうか。
どう言った経緯で、ツォアベラーは滅んだのだろう。
考えても答えが得られるわけではないのに、つい、考えてしまう。
メイドに促されて、私は続き扉をノックした。少しして、男性の声が聞こえてくる。
「……どうぞ」
落ち着いた、静かな声。
(……やっぱり)
私は、ふたたび既視感を抱いた。
どこかで、聞いたことのある声。
(でも、どこで聞いたっけ……?)
金髪で長髪の男性を数人思い浮かべてみるが、その声とは一致しない。
(私は、どこで……?)
私は、「失礼します」と口にして、扉を開いた。
一対のソファの片側には、先程の金髪の男性。
その背後には、青髪の男性が立っている。
帯剣しているところを見るに、近衛騎士なのだろう。
扉のすぐ近くに、薄茶の髪をした男性が立っていて、私に笑いかけた。
笑うとエクボが目立つ、親しみ易い顔立ちをした……恐らく、文官。
簡素な服装でありながら、その刺繍も、使われている布も、一級ものだ。
「魔女様。お目覚めと聞きました。気分はいかがですか?」
「問題ありません。ですが……なぜ私が魔女と呼ばれているのですか?」
ここにきて、ようやく。
ようっやく……!!
私は、ずっと聞きたかったことを尋ねることができたのだった。