滅んでいた国
「……封印の、扉?」
思わず彼の言葉を繰り返すと、その時になってようやく、彼は私の存在に気がついたらしい。
「うわぁ、誰!?えっ。殿下、こちらの女性は……?」
(……殿下?)
殿下──と呼ばれた男性は、青髪の彼に答えず、静かに階段を上ってきた。
(……殿下って呼ばれるようなひとは、ツォアベラーにはひとりしかいないはず)
一体彼は、何者で──
そしてここはどこなのだろう……。
戸惑っているうちに、ふたりは階段を上りきってしまった。
そして、青髪の彼が、私の部屋の扉をまじまじと見つめ、感嘆したように言った。
「封印された扉が……。殿下が長年かけて研究されても開かなかった扉が……。俺はてっきり、殿下はその情熱を生涯、この開かずの扉に捧げることになるのかと思ってましたよ……」
「そうだとしても、何か問題があるのか?」
「ありますよ!!殿下には他にやることがあるでしょう。何も、【呪われた魔女が眠る】と言われた開かずの扉に心血を注がなくと、も──」
そこでようやく、ふたりは私の存在を思い出したようだった。
まず、殿下と呼ばれた金髪の男性が、私の前に膝を突いた。
「お嬢さん。あなたは、どうしてここに?」
(…………あれ?この声、どこか、で──)
聞いたことがある、ような。
だけどどこで聞いたのか。
その記憶を探るより先に、彼がさらに言葉を続けた。
「ここは、魔法省が管轄する場だ。誰の許可を得て、ここに?」
「え?許可、と言いますか……」
自分の部屋から出ただけなんですけど……。
そこでようやく、本当にようやく、私は自身の素性を明らかにした。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。私は、フレンツェル公爵家の娘、フェリシア・フレンツェルです。なぜここにいるのかは、私にも分かりませんの。ここがどこか、教えてくださ──」
その言葉は、青髪の彼によって遮られた。
彼が、とんでもなく困惑した様子で、言ったのだ。
「フレンツェル……?」
その反応に、私も首を傾げる。
ツォアベラーの人間なら、知らない人はいない。
フレンツェル公爵家は、建国から続く古い家なのだから。
私たちの反応をじっと見つめていた金髪の男性が、まつ毛を伏せ、静かに言った。
「……知らないな」
「知らない……?」
そんな、ばかな。
なぜ、私がここにいるのか。
もっと言えば、私の部屋が見知らぬ土地と繋がっているのかは、この際置いておく。
まずは、状況の把握が大切だ。
(まさかここは、フレンツェル公爵家の名前すら知られていないド田舎……!?)
いや、このひとは殿下、と呼ばれていた。
この国に殿下と敬称をつけられるのは、フェリックス様だけ……。
と、なると──。
導き出されるのは。
(ここは、ツォアベラー国では無い……?)
私は、少し考えてから、また顔を上げた。
そして、彼に尋ねる。
「もしかして……ここは、ツォアベラー国ではありませんの?」
私の問いに、今度こそ 彼──殿下、と呼ばれた金髪の男性が目を見開いた。
ツォアベラーでは滅多に見られない、黄金の瞳。
左目の下には、一点のホクロ。
彼は息を呑んだ様子だったが、やがて困惑したように私に言った。
「……ツォアベラーは、二代前の王朝の名だが……。あなたは何を言っているんだ?」