怪しいものじゃありません
「──……??…………??」
一歩、後退する。
カチャン、と私は部屋の扉を閉めた。
そしてまた、扉を開けてみる。
そしたら、あら☆
いつも通り、フレンツェル公爵邸の廊下が見えるじゃ──
「……ない!!」
咄嗟に、私は叫んでいた。
見え!ない!!
廊下が!!ない!!
階段しか!!ない!!
(何で……!?!?)
思わず私は頭を抱えた。
往生際悪く何度もバッタンバッタンと扉の開閉を繰り返すが、目前の景色は変わらない。
眼下には、長い階段が広がっている。
その先には、扉があるのだけど──。
扉の向こうには、何があるのだろう。
(転移??それとも何これ、夢?)
いわゆる、明晰夢ってやつ?
プレゼン資料作りに精を出しすぎて、もしかして私、寝落ちしちゃった??
だとしたら、まずい!!
期限は刻々と迫っているというのに──。
慌てた私がよろけた瞬間、足首の怪我が『忘れるなって言ってんだろ!!』という勢いで存在を主張した。
「いづぁっ!!」
驚きのあまり、令嬢として相応しくない悲鳴が零れた。
そのまま、私はよろよろと座り込む。
(……痛い。つまり、これは、現実!!)
念の為、ほっぺも抓る。
痛い。
手足をグーパーしてみる。
違和感はない。
…………ということは。
「えっ。現実?」
カーペットの上に座り込んだまま、私は引きつった笑みを浮かべた。
その直後。
キィ、という音がした。
木の軋む音だ。
「っ…………!?!?」
思わず、息を呑む。
飛び上がらんばかりに驚いた私は、咄嗟に音のした方向を見た。
階段の下。
先程まで誰もいなかった扉の前には、ひとりの青年がいた。
白の外套に身を包み、白に近い金髪をひとつにまとめ、前に流している。
その瞳は、黄金色──。
彼も、相当に驚いたようだ。
唖然とした様子で、目を見開いている。
「──」
どれほど見つめ合っただろう。
驚きから冷めたのは、私の方が先だった。
というより、だんだんと理解していったのだ。
とにかく、ここはフレンツェル公爵邸ではない。
それなら、この場において私は招かざる客だ。
彼が誰かも分からないし、そもそもここがどこかも分からないけど……!!
ひとまず、私は自身の安全性を主張することにした。
手のひらを前に突き出し、咄嗟に叫ぶ。
「あの!!私!!怪しいものじゃありません!!」
「…………」
彼は驚きに息を呑んだ様子だった。
それから。
「はっ?」
男性が、驚いた声を出す。
それを聞いて、混乱した私はさらに悟った。
(…………そりゃ、不審者が自分から『私、怪しい人物です~~!』って告白するわけないわよね!!)
そんな激白を受けても『は?』となるに決まってる。
何をしてるのよ私は!?
(何とか、彼の信頼を得ないと……!!)
とにかく、私は怪しいものではありませんってことを理解してもらわないと。
そうでもなければ、最悪投獄される可能性だってある。
(…………というか、なんで私の部屋が見知らぬ場所と繋がってるのよ!!)
これは転移系の魔法とか、そういうことなのかしら!?
私は忙しなく視線を彷徨わせた。
(大丈夫、落ち着いて。いざとなったら特異魔法を使って逃げ出せばいいんだもの!)
そう、私には切り札がある。
このユニークスキルがある限り、私はいつでもどこでも逃走が可能である。
そこまで考えて、私は思わず額を押さえた。
(……まるで私、犯罪者みたいじゃない!?!?)
『違うんです!』と連行される犯人のようなセリフが脳内を駆け抜けた。
……とにかく、何か言わなければ。
そう。まずは、挨拶。
そして、自己紹介!!
(私が、フレンツェルの人間だと分かれば──)
身元の保証にもなるはず!!
天啓のようにそう思い至った(なぜ、最初の時点でそれに気付かなかったのか)。
そして私が、口を開くより先に。
ふたたび階段の下の木の扉が開き──また、新たな人物が増えた。
ダークブルーの髪をした、薄青のマントを羽織った男性だ。
彼は焦る私を見て──目を丸くし、叫んだ。
「封印の扉が、開いたぁ…………!?!?」
驚きのあまりか、彼の声はひっくり返っていた。