引きこもり宣言と、戦闘準備
邸に戻った私は、引きこもり宣言をした。
「五日、今後のことを考えるために部屋にこもるわ。食事の用意をお願い」
メイドのリザは、私の言葉に目を見開いた。
「五日、ですか!?」
私はリザに頷いて答えた。
それから、玄関ホールを見渡した。
お父様とお母様はまだ帰っていないようだ。
お姉様も、取り乱したために体調が悪くなり、フェリックス様に連れられて行った。
お姉様とは、もう顔を合わせたくもない。
彼女が、私の姉だと思いたくなかった。
だけど、そうも言っていられないのが現実。
『縁を切ればそれまで』の前世と違って、この世界ではどうしたってお姉様との付き合いは続く。
お姉様を嫌悪して、一方的に撥ね除けることは出来る。出来るけど、悪手だ。
他の人から見たら、嫉妬に駆られた私がお姉様に辛く当たっているようにしか見えないだろう。
(ここは、策を講じる必要があるわ……)
私は念の為、リザに確認した。
「お父様とお母様はまだ帰られてないのね?」
「はい。閣下は、紳士クラブに。奥様は画廊に向かわれております」
「……そう」
既に報告はされているだろう。
私が、フェリックス様に婚約解消を願い出たこと。
お父様は、お姉様の意思が一番大事だから反対はしないだろう。
問題は、お母様。
私から婚約解消を願い出たなど知れば、間違いなくお母様は、凍てついた氷のように冷たい怒りを見せるだろう。
お母様を説得するのは骨が折れそうだが──。
その前に、私にはやることがある。
私は、リザに言った。
「ねえ、リザ。お願いがあるのだけど──」
☆
一時間後。
私は自室に籠り、リザに持ってきてもらったそれを手にしていた。
それは、ツァオベラーの新聞。
平民向けの大衆紙から、上流階級向けの高級紙まで。
数種類の新聞を広げ、私はその内容──ではなく、デザインに注目していた。
そう──私は(手書き)パワポを使用し、お父様に私の今後の人生について、プレゼンするつもりなのだ……!!
(フェリックス様と婚約解消した後、アーノルドに嫁がされるなんて冗談じゃないわ。絶対いや)
その未来を回避するためにも、私はお父様を説得するつもりだった。
だけど、説得と言っても小娘の言葉など、お父様は耳を貸さないだろう。
だから、私は武器を用意することにした。
文字通り攻撃するためのアイテムではなく、プレゼンを成功させるためのお守りとして。
(今こそ、前世さんっ……ざん作った資料作りのスキルを活かすとき……!!)
この世界にはパワポもエクセルも、そもそもネットすらないけれど……!!
小学生の時の社会科を思い出せば、何とかなるだろう。
(小学生の時の発表の資料作りってPC使用不可だったのよね~~……。ひたすら図書室で参考資料を探して、それを元に作成したのだったわ……)
あの時のことを思い出せば、できるはず。
しかし、だ。
前世、仕事で散々プレゼン資料を作ったとはいえ、前世の常識──いわゆる、見やすさを意識した資料が、この国でも当然のように受け入れられるとは限らない。
そのため、私はまず勉強のため、リザに新聞を持ってきてもらったのだった。
使用人たちが個人的に取っている大衆紙のもの。
そしてお父様が取らせている高級紙のもの。
そのふたつを見比べ、この国での見やすさ……というものを追求しようと思ったのだ。
ライティングデスクの前に座った私は、新聞紙を横に置き、羊皮紙に思いついたこと、感じたことを書き付けていく。
【スライド、というより紙芝居を意識?】
【資料、というよりも論文の方が良さそう?】
(大衆紙は、難しい言葉を使わないように配慮されているのを感じるわ……)
その購読層の殆どが平民だ。
簡単な言葉は読めても、難しい単語は読めない、というひとも多いのだろう。
少し考えて、私はメモ書きに文章を書き加えた。
【わかりやすい言葉を心がける】
お父様はきっと、私がいきなり踏み込んだ話をしたら、『小娘のくせに賢しらに』と思うに違いない。
最初に反発心を抱かせるのは悪手だ。
まず最初は、小娘らしい内容を持ってくるべきだろう。
(私の目的は、フェリックス様との婚約解消後、誰とも婚約しないこと)
女だてらに職で身を立てる──となれば。
(…………間違いなく、勘当される、わよね)
公爵家の娘ともあろう女が、職業婦人なんて、お父様が許してくれるはずがない。
(そうなると……お父様を説得させる、というより諦めさせる方向で行くべき?)
頭の中が散らかって、上手く考えがまとまらない。
(猶予を取って五日と言っておいてよかった……)
これは、思った以上に時間がかかりそうだ。
そして。
(私の足も、思った以上に──)
酷そうである。
(めっ…………ちゃ痛い!!とにかく痛い!!)
思わず、前世の言葉が口から飛び出すほどには痛い。
ジンジン、というよりも抉られているような痛みを感じる。
邸に戻って簡易的な処置は受けたが、それでも痛みは全く引かない。
むしろ、時間の経過と共にどんどん酷くなっているような気がしてならない。
(歩けたから折れてはないはずだけど……ヒビくらい入ってそうよね~~!!)
この世界にレントゲンがあれば……!!
ツァオベラー国には魔法があるが、科学は全く発達してない。
魔法があるからこそ、科学が発展しないのだろう。
(それならそれで、医療用に魔法が展開されていても良いじゃない……!!それなのに、そっち方面は全くって……何でよ!!)
ちゃぶ台返ししたい気分である。
私は、詰めていた息をゆっくりと吐いた。
ここまで意識しないようにしてきたが、もういい加減限界だ。
私は苦し紛れに、ハンドクーラーとして使っている、雪だるまを象った水晶を足首に当ててみた。
「…………」
私はふっと笑った。
分かってはいたけれど──
全く、効果なし!