あなたも全部失っちゃえばいいのに
嫌な予感は、的中した。
振り向いた先には、先程の話の中心人物であった、お姉様が立っていた。
走ったのだろう。息が切れている。
肩を大きく上下させ、その頬は赤く染っていた。
……デジャブ??
なんか、前にもこんなことがあったような……。
思わず、遠い目になった私に、お姉様が掠れた声で言った。
「フェリシアっ……。お願い、話を聞いて。私、私はね……!?」
「お姉様……。ここでは目立ちます。邸に戻りましょう?」
ここは、王城の廊下。
王族専用区域内なので人通りはないが、フェリックス様が通りかかる可能性は十分にあった。
私たちのいたロイヤルガーデンは、一階の北の回廊の先にある。
そしてここは、二階の王族専用区域と公共区域の境目となる。
もし、フェリックス様がこの場に現れたら……。
先日のように大変面倒な状況になるだろうことは想像に難くない。
それに、この下は長い階段だ。
万が一、お姉様がよろけたりして落ちたら──。
最悪な想像が頭に過った私は、ゾッとした。
(ひとまず、お姉様を安全な場所まで連れていかないと……)
それに、姉妹で揉めている様子を他の貴族に見られたら、どんな噂を立てられるかわかったものではない。
頭の痛い問題がいくつも、助走をつけて走り寄ってくる。
勘弁して欲しい。
私は思わずため息がこぼれそうになった。
お姉様を馬車留めまで連れていくことにした私は、そっと彼女の背を押して促そうとした。
だけど──。
パシッ、と軽い音がする。
お姉様は弱々しい力ながらも、私の手を振り払ったのだ。
彼女は、震える声で言った。
「フェリックスと何のお話をしたの……!?ねえ、フェリシア……!!」
ぽろぽろと、水晶のような涙を零しながら、お姉様は苦しげに私に言った。
(──フェリックス……ね)
先日も、少し気になったのだ。
お姉様は、もしかして忘れてしまったのだろうか?
たとえ、彼女がフェリックス様の【運命】なのだとしても。
彼の現在の婚約者は私……なのだけど。
嫉妬とか、そういうのではなくて。
私の存在が軽んじられているように思えるのだ。
(……みんな、自分勝手だわ)
お姉様は自分の恋に必死だし、
フェリックス様は、自分の恋を守ることに執心している。
お父様は、お姉様のことしか頭にない。
お母様は、自分のことだけ考えている。
(みんな、自分のことばかり……)
こんな環境で、どうして私ばかりが頑張らなければならないのかしら……。
思わず、諦観交じりにそう考えたところで、お姉様が嗚咽を零した。
それにため息を吐いて、私はお姉様の背をさすろうとして。
「興奮してはいけませんわ。お体に触りま──」
その言葉は、最後まで言いきれなかった。
お姉様に、手荒く手を叩き落とされたからだ。
「うるさい……!!うるさい、うるさい!!」
お姉様の可愛らしい声が、あたりに響く。
だけどお姉様は元々の声量がないので、その声はとても小さなものだった。
それでもお姉様は必死に叫ぶと、涙交じりに私を睨みつけてきた。
「フェリシアはいいわよね……!好きな人と、結婚できるもの!好きな人の一番の妻になれるのだもの!あなたには、健康な体があって、お父様もお母様もいる……!!」
思わず、驚きに目を見開く。
お姉様は泣きじゃくりながら、私を責めたてた。
「ずるい。ずるいわ、フェリシア……!!」
「お姉様、」
私は、何をいえばいいか分からなかった。
こんなに大声を出して取り乱す彼女を見たのも初めてだったし、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
だから──反応が遅れたのだ。
「あなたも、あなただって、全部失っちゃえばいいのに……!!」
掠れた、お姉様の細い声。
可愛らしい声で嗚咽を零しながら、お姉様が私の背を──力いっぱい、押した。
バランスを崩した私は、たたらを踏んで──足を下ろしたその先に、床はなかった。
「え……」
思い出すのは、長い階段。
お姉様が落ちては危ないからと、私は彼女をここから離そうと誘導しようとしていたのだ。
その階段で、私は、
(落ち──!!)
目を見開いた。
視界の先で、泣きじゃくるお姉様の姿が見えた。
思わず、手を伸ばす。
だけどそれは何も掴まない。
ふわりと体が浮いて、そのまま私は背中から転落した。