対等な存在では無い
(は…………はぁあああ!?)
拗ねている!?!?
言うに事欠いて、何を仰ってるんですか新手のギャグですか、そうなんですの~~。
……なわけ、ない!!
表情筋が引き攣りそうになりながら、私は目を細めて笑いかけた。
「見て、お分かりいただけませんか。私は嫌悪しているのです。あなた方の、独善的な態度に」
「独善的?あなたは私の【運命】を否定するというの」
「【運命】を祝福することは、すなわち理不尽を受け入れることではありませんわ。先程も、お伝えしたはずです。あなた方の幸福に、私を巻き込まないで欲しい、と」
「あなたは、幸福のおすそ分けを拒否するというの」
(恐ろしいくらい話が伝わらない……)
宇宙人と話しているような心持ちになってきた私は、混乱に頭がクラクラした。
だけど沈黙すれば、良いように受け取られるに決まっている。
だから、いっそのこと話を変える。
「あなたは、私を愛せないと仰りましたね。……奇遇ですね、私も、全く同じことを思っておりました」
「……フェリシア?」
彼が、怪訝に私を見てくる。
私は、顔を上げた。
マグノリアの花が、頭上から降ってくる。
そもそも、お姉様との出会いを再現したような東屋に現在の婚約者を連れてくること自体、有り得ない。
無神経すぎる。
「私も、あなたを愛せません。私はお姉様とあなたの幸せを邪魔する気はありませんし、関わる気もないのです。どうか、私のことは放っておいてください」
「……困ったね」
フェリックス様が、弱ったように眉を下げた。
足を組み、ため息を吐く。
まるで、私が悪いかのような態度。
以前なら、彼のこうした態度ひとつひとつを気にしていただろう。
だけど今の私は、
(このひと、この期に及んで何でこんなに偉そうなのかしら……)
という感情しか出てこない。
「フェリシア。あなたは、拗ねているんでしょう。寂しくなってしまった?でも、安心して。私も、アグネスも、あなたをひとりぼっちに、除け者にする気は無いんだ」
「…………」
(ん?…………んん??)
どうしよう。
やっぱり話が通じる気がしない。
弱った。
これは悪質なクレーマーと同じだわ……。
「元々、あなたが私の婚約者に決まった理由は、あなたが【魔法使いの生まれ変わり】だと……思われていたからだ。実際は、アグネスだったが」
フェリックス様が淡々と、私たちの婚約の経緯を口にした。
ツァオベラー国は、魔法使いの国。
そして、この国には昔から伝わる寓話がある。
『ひとつ。ツァオベラー国は優秀な魔法使いの助力によって建国された国である。
ふたつ、優秀な魔法使いは度々現れる。彼、あるいは彼女には、運命が存在する。
みっつ、運命とは魔法使いの半身である。それは神の祝福である』
今から十八年前。
【予知】の特異魔法を発現させた神官がいた。
彼は、その力で神からの信託を受けた。
『フレンツェル公爵家のご令嬢は、魔法使いの生まれ変わりです』
彼は、そう予言をもたらしたと言う。
神の信託を授かる行為は、相当の体力や気力、魔力といったあらゆるものを消耗するらしい。
その後、すぐ神官は亡くなってしまったそうだ。
十八年前、既にフレンツェル公爵家にはふたりの娘がいた。
ひとりは、愛人の娘であるアグネス・フレンツェル。
ひとりは、正妻の娘であるフェリシア・フレンツェル。
すぐに、魔法使いの生まれ変わりは私だろう、と考えられた。
なぜなら、お姉様は生まれつき病弱で、特異魔法を持たない。
だから、消去法でフェリシアこそが魔法使いの生まれ変わりなのだと信じられたのだ。
(……だけど、私の特異魔法はものすごい地味な【気配遮断】)
魔法使いの生まれ変わりなら、きっと凄まじい魔法が使えるはずだ。
魔力量も桁外れなはず。
それなのに──私の特異魔法は、あまりにも地味すぎる【気配遮断】。
魔力量も極々、平均的。
周囲の人々の落胆は、相当なものだったはずだ。
私は、魔法使いの生まれ変わりにしては、あまりに平凡すぎる。
それでも、神託がある以上、魔法使いの生まれ変わりは私だと、今まで考えられてきた。
──お姉様に、フェリックス様と揃いの紋様が現れるまでは。
【運命】を知らせる揃いの紋様は、そう滅多に現れるものでは無い。
むしろ、迷信とまで言われていたほどに、前例がない。
予知の特異魔法を使う神官が受けた神の信託は、ただこれだけ。
『フレンツェル公爵家のご令嬢は、魔法使いの生まれ変わりです』
──運命を知らせる紋様がお姉様に現れたことで人々の考えは変わった。
『フェリシア・フレンツェルではなく……本当の【魔法使いの生まれ変わり】はアグネス・フレンツェルだったのだ』と──。
フェリックス様と婚約するに至った経緯を思い出していると、彼が苦笑して言った。
「それでも、私はあなたに情がないわけじゃない。今までの思い出を、捨てるつもりはないんだ」
彼は、私を見つめて言った。
「怖がらなくていい。陛下の許可もいただいている。それに何より、あなただってアグネスが好きでしょう?」
「……だから、私に犠牲になれ、と?」
「犠牲なんて、酷いな。そんな言い方しなくてもいいじゃないか。あなたは、貴族令嬢としての瑕疵を得ることもなく、大好きな姉の傍にいられる。みんな幸せになれるだろう」
「お断りしているはずです。私の幸せは、私が決めます」
「だからさ……」
利かん気の子を相手にするように、うんざりとした様子でフェリックス様が言った。
「それは、あなたが怒っているからでしょう。いい加減、機嫌を直してくれないかな。アグネスが気にする」
アグネス、アグネス……って。
お姉様のことばかりで、私の気持ちなんて全く考えていない。
(……だめだわ)
このひとと、話し合いはできない。
交渉は決裂。
もう、この場に留まる理由もない。
「もう、結構です」
私は席を立った。
このひとにとって、結局フェリシアという人間は、どのようにでもできる、制御できる生き物なのだろう。
さながらそれは、自身が手がけたロボットのよう。
ロボットは、技術者が入力した信号通りにしか動かない。
フェリックス様にとって、私はそういう存在なのだろう。
どうとでもできる。
どうにでもできる。
……端から、私のことを対等の存在とは見ていなかったのだ。
「フェリシア?」
名前を呼ばれた。
だから、私は笑みを浮かべて言った。
「私は、あなたとお姉様の幸せを願っております。どうか、お幸せに」
形だけの祝福の言葉を、贈って。
私は、フェリックス様と結婚する気は無い。
今までも、その気はなかったけど、今回の話し合いを通して、その気持ちはさらに固く強いものとなった。
彼と結婚した日には、間違いなく私は不幸になる。
だから、私は──。
(まずは、お父様を説得する)
固い決意を抱いて、私はロイヤルガーデンを後にした。
☆
その、帰り──。
「フェリシア!!いた…………!!」
聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず私は足を止めた。
(いや……まさかね!?)
涼やかで軽やかで、甘い声。
ふんわりとした、優しげな声。
急いでいたのか、呼吸が乱れている。
息が上がった様子で、彼女は私の名を呼んだ。
……とてつもなく嫌な予感がする。
そして、得てしてそういった予感は当たってしまうのだ。