「あなたのため」その本心は、【自分のため】
王妃として、第二妃のお姉様を支える。
面倒な公務は私に押し付けて、フェリックス様はお姉様と愛を育みたいのだろう。
私は、どこまでいっても体のいい人形でしかない。
「フェリシア?」
反応の鈍い私を怪訝に思ったのか、フェリックス様が私を呼んだ。
その瞬間、単純明快な感情が私の胸の内を駆け抜けた。
王妃となって、第二妃のお姉様を支える──?
(え、絶対嫌なんですけど……?)
彼に名を呼ばれた瞬間、私は理解した。
ここが、きっと私の人生の分岐点だ。
ここで判断を誤ったら、私の未来は暗澹たるものとなるだろう。
笑い合うお姉様とフェリックス様。
もしかしたらお姉様はお子に恵まれるかもしれない。
幸せな家庭を、私は影から見ることになるだろう。
私にも……もしかしたら、子が生まれるかもしれない。
そうしたら、その子はきっと、深く悩むことになるはずだ。
『なぜ、自分は父親に愛されないのだろう?』と。
まるで、幼い頃の私のように。
その気持ちが、私には痛いほど、よくわかる。
子は親を求めてしまうものだから。
きっと、私の子も、父を求めてしまう。
父の関心と、愛を、求めてしまう。
得られない現実に悲しみを、愛ある家庭を目の当たりにして、絶望を覚えることになるだろう。
その気持ちが私にはよくわかる。
わかるからこそ。
絶対にそんな未来は訪れて欲しくないのだ。
それに──王妃として、第二妃のお姉様を支える、なんて。
ひとを馬鹿にしているとしか思えない。
フェリックス様も、お父様も、お母様も。
もしかして私には感情がないとでも思っていらっしゃる?
フェリシアは感情を持たない人形だから、どのように扱ってもいい、と?
そう思っているのなら、彼らは相当、私のことを愚鈍な人間だと思っているのだろう。
悲観的な感情に襲われて動揺していたが、それこそ、感情的になっている場合ではない。
なにせ、ここで判断を誤れば、私に明るい未来はないのだから。
その事実に、少しずつ私は冷静さを取り戻していった。
私は、カップの中に浮かぶ白い花びらを見つめた。
そして、顔を上げてにこりと、微笑んだ。
「お断りします」
「は……?」
唖然とした様子で、フェリックス様が私を見た。
その時、一際強く、風が吹く。
また、白の花弁が舞う。
ちらちらと舞い落ちるそれは、まるで粉雪のよう。
とても美しい光景の中で、私はにっこりと笑みを浮かべて言った。
「あなた方の幸福に、私を巻き込まないでください」
自分の幸福を守るためなら、誰かの幸せを踏みにじっても良いと、そう思っているのだろうか。
確かに彼は、ツァオベラー国の王族で、王太子という立場にある。
それくらいのワガママは許されてしかるべきなのかもしれない。
だけど、だけど私は──。
そんな他人の幸福に巻き込まれて、踏みつけにされるような人生は、送りたくなかった。
そんな人生を送るくらいなら、いっそ、私の方から。
私の言葉に、フェリックス様が動揺した様子を見せた。
「……何を言ってるのかな。これは、あなたのためでもある。私は、あなたを切り捨てたくはないんだ」
「切り捨てたくはない?」
その言葉に、思わず笑いそうになってしまった。
どこまでも傲岸不遜で、驕り高ぶった、婚約者に。
「本心を仰ってくださいませ、フェリックス様。私たちは、今はまだ、婚約関係にあるのですもの。今くらい、本音で話していただけませんか?」
「何を……」
不敬であることは承知の上で、私は彼の言葉をさえぎった。
「はっきり、仰ったらいかがですか。都合のいい女を求めているだけ、と。そちらの方が、よっぽど潔いというものですわ」
彼は、王妃業をこなせる都合のいい女を探しているのだ。
体良く使っても、文句を言わなそうな、そんな女を。
だというのに、彼は『フェリシアのため』と、まるで私を想っているように言う。
私を気遣っているからこその提案なのだと、そういうように。
実際は──自分のためなのに。
フェリックス様は、眉を寄せて言った。
「……どうして、そんな言い方をする?拗ねているのか?」
今度は、私が目を見開く番だった。