私にも感情があるのです。
「……お母様。ほかの者に聞かれたら大変なことになります」
【運命】の人制度。
それは、ツァオベラー国が【魔法使いの国】と呼ばれているからこそ、浸透しているもの。
「ひとつ。ツァオベラー国は優秀な魔法使いの助力によって建国された国である」
それは、ツァオベラーに住む人間なら、誰しもが幼い頃に聞く寓話。
「ふたつ、優秀な魔法使いは度々現れる。彼、あるいは彼女には、運命が存在する」
「みっつ、運命とは魔法使いの半身であり、神の祝福である……だったわね」
最後の一文を、お母様が紡いだ。
お母様は、やはり静かな声で、落ち着いた瞳で私を見ていた。
「フェリシア、よく聞きなさい。王太子殿下とあの娘に運命の紋章が現れたことは私も聞き及んでいます。ですが、だからと言って現在の婚約者であるあなたを一方的に排除するのは、本当に神の思し召しなのですか?」
「お母様──」
「私には、【運命】の人制度を都合よく使っているようにしか、見えませんけれどね。あの紋章とやらも水をかければ案外、落ちるのではない?」
お母様は不遜にもそんなことを言った。
いつもと同じように落ち着いて見える彼女だったけど、もしかしたら相当腹に据えかねているのかもしれない。
お母様の言い分ももっともだ。
前世の記憶を取り戻した今だからこそ、私も強くそう思う。
全く同感だ。
だけど、だからと言ってそれが通用する世界では無いのだ、この国は。
「私は、認めませんよ。王太子殿下の婚約者はあなたです、フェリシア。あんな小娘に負けてはなりません」
「……お母様、私は」
そもそも、フェリックス様と結婚したくありません……!!
皆、なぜ私の感情を置き去りにするのだろう。
今回の件で、やっぱり婚約は続行で!と言われて私が「ワーイ!」って喜ぶように見えるのかしら??
というか、お母様が私の立場だったら喜ばないわよね!?
絶対、嬉しくないわよね!?
だって、フェリックス様の心はお姉様にあるのよ?
それなのにフェリックス様と結婚とか……地獄すぎない??
そう返答しようとした時、ちょうど執事が私たちを探しに来た。
どうやら、お父様がお母様を呼んでいるようだ。
私とフェリックス様の婚約の件を話すつもりなのだろう。
意外と動きが早い。
お母様は執事から用件を聞くと、その瞳をさらに凍りつかせた。
絶対零度の視線を受けた執事が顔を青ざめさせている。
私はお母様に挨拶をすると、その場を後にした。
(フェリックス様との婚約は解消するとして。その後のことがやっぱり大事よね?)
このままだと間違いなく私は、アーノルドと婚約することになる。
そうなる前に、手を打たないと……。
そう考えた私は、手当たり次第に歴史書を読み漁ることにした。
過去の貴族女性の生き方を調べてみれば、もしかしたらそれがヒントになるかもしれないと思ったのだ。
邸の蔵書室でいくつか本を見繕い、早速読んでみる。
かなり珍しいケースだが、離縁した未亡人が文官になったり、女性が爵位を継承した例もあるようだ。
強かに、逞しく生きたであろう女性の生き様を綴った文章を、指でなぞる。
(私にも……できるかしら?)
文献を漁って、少しだけ自分の人生においてのヒントを得た気がした。
☆
後日、思った以上に早くフェリックス様から呼び出しを受けた。
王族専用区域の庭の東屋。
私はフェリックス様と向き合うようにラウンドテーブルを挟み、座っていた。
(こんな場所に、東屋なんてあったかしら……)
疑問に思った私は、すぐに答えを得た。
東屋のすぐ近くには、大きなマグノリアの木があったからだ。
ちょうど今は、マグノリアの開花時期。
風が吹く度に、白い花弁がハラハラと舞い落ちる。
まるで、お姉様とフェリックス様が出会った時のようだ、と私は思った。
そして、彼は意図してそれを再現しているのだろう、とも。
だからこそ、このマグノリアの木の傍に、東屋を造らせたのだ。
(運命、というのはそれ程までに……)
いや、彼らの場合は一目惚れだった、絶対に。
だけどその一目惚れこそが【運命】だった証拠……と言われたら、私はもう何をいえばいいか分からない。
卵が先か、鶏が先か、というように答えの見えない問題だからだ。
テーブルの上に白い花弁がはらりと落ちた。
さながらそれは、花のクロスのよう。
紅茶の入ったカップの中にも花弁が舞い落ちる。水面に、白の花が浮いた。
(もうこの紅茶は飲めないな……)
そんなことを考えながら、私は本題を待った。
『婚約を解消しよう』
彼はそう言うのだろうと思った。
その言葉に、私は従うつもりだったのだ。
何せ、逆らう理由がない。
だけど、実際に彼に言われたのは──。
「あなたは王妃として、あなたの姉……第二妃となる彼女を、助けてあげて欲しい」