婚約者は運命に出会ったそうです
「……すまない。彼女が、私の【運命】なんだ」
とても苦しそうな顔と声で、彼は言った。
まるで、断罪される罪人のようだ。
その言葉を受けて、私は、といえば──。
(……【運命】、つまり、彼の運命のひとが……)
私の、お姉様。
少し、いやかなり、びっくりして言葉が出てこない。
沈黙を拒絶と受け取ったのか、私の婚約者であるフェリックス様が、私に頭を下げた。
「すまない。だけど、これも仕方のないことなんだ。私は、運命に出会ってしまったから」
王族──私の婚約者であるフェリックス様は、王家唯一のご子息で、王太子という地位にある。
そんなひとに頭を下げさせるわけにはいかない。
私は慌てて彼に言った。
「やめてください!顔を上げてくださいませ!」
──運命。
それは互いの手の甲に揃いの紋様が浮かぶというもの。それが現れると、ふたりは神に祝福された恋人たちということになる。
それまでの恋人も、婚約も、婚姻関係だって、【運命】制度の前では強制力を失う。
それくらい、この運命制度というのは強力で、絶対的なものだ。
だけどこの【運命】制度。
滅多に揃いの紋様は現れることはなく、この国、ツァオベラー国でも長い間迷信だと言われていた。
私自身、まさか当事者を目の当たりにすることになるとは思わなかった。
それも、その相手が私の婚約者。
(ええと?つまり……?)
私は、額を押さえた。
私とフェリックス様は婚約関係で……。
その私の婚約者であるフェリックス様の運命の相手が……私のお姉様?
(どんな泥沼劇よ!!昼ドラ!?昼ドラなのかしら!?)
そう思った瞬間、私はすぐに首を傾げることになる。
(……あら?【昼ドラ】って、何?)
当然のように思い浮かんだ思考に首を捻っていると、フェリックス様の声が聞こえてきた。
それにハッとする。
(あ、まだ続いていたのね……)
フェリックス様は懸命な顔をして、必死に私を説得しようとしていた。
「私も、あなたを愛する努力はしてきた。でも、無理なんだ、もう。【運命】が現れた以上……私は、彼女を優先させなければならない。そうしたいと、本能が言っているんだ」
(獣か??)
理性のない動物??
ていうか、それってもはや洗脳とかそういう……。そこまで考えて私は慌てて思考を打ち消した。
(何、今の!不敬にも程があるわよ、フェリシア・フレンツェル!!)
フェリックス様は、【運命】に出会われたのよ。
素晴らしいことじゃない。素敵なことだわ。
だから、私は祝福しなければならない。
我が国の王太子殿下が、【運命】に出会われたのよ。臣下として祝わなければならないわ。
例えそれが、王太子殿下の婚約者が私で、彼の【運命】が、私のお姉様だったのだとしても──。
慌ててそう思おうとしたところで、彼が、私の名を呼んだ。
「……フェリシア?」
「──」
(フェリ……シア)
それは、私の名前。
その瞬間、濁流のような勢いで、見知らぬ過去が脳内に溢れ出す。
見知らぬ世界、見知らぬ光景、この世界とは異なる常識──。
思わず息を呑んだ。
(これは、前世の、記憶……?)
その全てを、思い出したわけではない。
それでも、その一部を思い出した私は、現在、絶賛混乱中だった。
「フェリシア、どうしたんだ」
「いえ……あの、私」
視線をあちこちに彷徨わせる。
私──私は、フェリシア・フレンツェル。
フレンツェル公爵家の次女で、現在十八歳。
うん、大丈夫。間違いはないわ。
記憶に混濁はない……はず。
心の中で頷いていると、ぽつり、彼が言った。
「やっぱり、許せそうにない、か」
その言葉に、ハッとして顔を上げた時。
背後から、鈴の鳴るような声が聞こえてきた。
「フェリックス様……!フェリシア……!!」
か細い、糸のような声。
逆立ちしても、側転しても、私にはそんな声は出せないだろう、弱々しくも、儚い声。
その声の主は──。
「お姉さ──」
「アグネス!!どうして来てしまったんだ!あれほど寝ているようにと、言っただろう!?」
私の声は、私の婚約者によって遮られた。