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2.家に来る?

 十五分ほど時間が経った。紗那はトイレを済ませ、息をひそめるように静かにしているとドアをノックされた。


「もう大丈夫みたいです」


 大塚の声を聞いて紗那はドアの鍵を解除して開けた。


「ありがとうございます。あの……」


「いえ。困っていたみたいなんで。勝手に手を引っ張ってすみません。痛くなかったですか?」


「いえ。助けてもらいましたから全然そんなことなかったです」


「そうですか」


 大塚は表情が緩んだ。紗那は居酒屋で出会ってから彼の表情の変化が乏しかったことを知っているので、人間味はしっかりあるんだと安心した。


「あ、あの」


 紗那は改めて頭を下げた。


「さっきはありがとうございます。あの……」


「ここは少し熱いので夜風に当たりましょう」


 紗那は足元が足元がおぼつかず転びそうになるのを大塚が支えてくれた。

 頭もガンガン痛む。吐き気は少し収まったが予断を許さない。視界がふわふわとしている。


 コンビニを出た大塚と紗那。紗那は無人の駐車場の手すりに腰かけた。

 ひんやりとした春風が火照った体を冷やしてくれる。


「これ飲んでください」


 大塚はコンビニで買った水を差しだした。


「あ、お金……」


「お金はいりませんから。ちゃんと飲んでください」


「ありがとうございます」


 ありがたく水を受け取った紗那だったが、やはり申し訳なくて飲めない。

 軟派な人から守ってもらっただけではなく、水もタダで貰うのは流石によくないと思ったようだ。


「私ばっかりこんなことしてもらって……何をお返しすればいいのか」


「別にいらないですよ」


「ですが……」


「俺は合コンの数合わせのために呼ばれたんです。他の人の邪魔にならないように静かにしていたところに平野さんが話しかけてくれました。だからそのお返しだと思ってください」


 大塚は居酒屋でのことを思い出したのか、少し破顔してまたコンビニに入ってしまう。


「……」


 大したことじゃないのに、と紗那は思った。

 ただ、自分の前に座っていて他の人にはない落ち着きと違う何かがあると感じ話しかけただけ。

 本当は合コンなんて行きたくなかったけど、友達に来てよとしつこく、執拗に言われて私が折れてしまっただけなのに。


「優しいな」


 大塚は私が困っている時、真っ先にさりげなく助けに入り、今でも水をくれて一人の時間を作ってくれた。紗那はそんな大塚の優しさに触れて胸が熱くなるのを感じた。


「酔いはどうですか? まだ酷い感じです?」


 戻ってきた大塚の手にはお茶が握られていた。


「さっきに比べたら多少はマシになりました」


「そうですか。実は俺お酒あまり得意じゃないんです」


 紗那はえっ、と目を見開いた。


「みんなお酒で盛り上がっているのに、一人だけジュースを飲んでいると雰囲気を台無しにすると思ってそう言ったんです。けど、本当はビールは苦手です。未だに味が好きになれないんです」


 それは嘘偽りもない大塚の言葉だった。


「私もです」


「そうなんですね」


「はい。周りのみんなが飲んでいるから飲んでしますけど……私もビールは苦手です。好きになれそうにありません」


「だったら、無理して好きになる必要はないですよ」


「でも、友達が」


「無理して付き合わないといけない。それは友達とは言えないと思います」


 大塚はペットボトルのお茶を半分飲んでからそう言った。

 彼の言葉は紗那の心に痛いほど響いた。


「……」


「……」


「私は断れない性格なんです。昔からそうで、周りに流されて今も生きているんです。だからさっき、あの男の人に言われるがまま連れて行かれたかもしれません」


 あの男の人に連れられていたら私は……そのさきのことを考えると急に胃の中にあるものが逆流してきた。


「うっ……」


「ここに吐いてください」


 大塚は咄嗟に肩掛けのカバンからビニールを取り出して広げた。

 準備がいい、なんと軽口をたたく余裕もなく紗那はビニールの中に吐瀉を吐き出した。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……吐いてスッキリしました」


 大塚は吐瀉の入ったビニールを二重にして縛り、燃えるゴミに入れて再度コンビニに入っていった。

 しばらくして戻ってきた大塚はポケットティッシュを差し出して口の周りを拭くようにと言った。


「すみません……」


「気にしないでください。口の中も水でゆすいじゃいましょう。えっと、そこの端っこでやりましょう」


 大塚に肩を支えられながら駐車場の端に行って、口の中に水を含んで吐き出した。

 うがいも忘れずにして、すべてを吐きだした紗那は少しだけ顔色がよくなった。


「大丈夫ですか?」


「は、はい。吐いてスッキリしました」


「それならよかったです。俺の勝手な心配になるんですけど、一人で帰れますか?」


「た、多分大丈夫だと思います」


「すみません。あまりお金がないのでタクシーが使えなくて」


「そこまでしてもらうのは申し訳ないですよ」


「わかりました。電車は――」


 しばらく大塚の肩を借りながら最寄り駅に向かうが、二人はそこで立ち止まってしまう。


「終電終わっちゃったみたいですね」


「そ、そんな……」


 紗那は愕然としてしまった。終電を逃したこと自体が初めての経験であり、お金も余分に持ってきていないので八方ふさがり。どう始発まで待てばいいのか途方に暮れてしまうが、


「平野さん。俺の家に来ますか?」

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