英雄の子供達
夢を見ていた。どうやら読書の途中に寝てしまったらしい。
それはまだ幸せな頃の夢だった。
セオにも英雄の血が流れているのだから、当然父と同じように英雄の剣が扱えると信じて疑わなかった頃だ。しかしその思いは、幼い頃に砕かれた。
他の兄弟は扱える英雄の剣がセオだけが扱うことができなかった。両親は気にしなくていいと言ってはくれたが、長子だということもあり、期待されていたセオに向けた、あの父の失望した目は忘れられない。
セオにとって、尊敬していた父にあのような目を向けられることは幼い心に大きな傷を残した。もちろん、父がそんな目をしたのは無意識だったと思われる。父は人格者であり、子供にはどうしようもできないことに、腹を立てるような人格の持ち主では、断じてない。父は無意識に長子であるセオに対して期待を抱いていたのだろう。あの日に抱いていた思いを打ち砕かれたのは一人だけではなかったのだ。
「おーい、兄ちゃん!」
「ん?」
木の上で昼寝から目覚めて、しばらくそんなことを考えていると、下から弟であるリアンの声がした。リアンは手にぬいぐるみを抱えていて、末っ子であるステラの手を握っている。
「リアンじゃないか。何してるんだ、こんなとこと所で」
「やっと体調が良くなってきたから、ステラと散歩してたんだ。それより母さんがお昼ご飯だって」
「分かった。すぐに行くよ。先に行っててくれ」
セオは読みかけの本を手に抱えると木の上から、飛び降りた。
森の中には昔はモンスターが蠢いていたらしいが、今ではみる影もない。森の中は平和で、完全に子供達の遊び場となっていた。それもこれも、英雄である父がモンスターを一掃してしまったからだ。セオは気分を変えるために、水辺で顔を洗った。
水面には父そっくりの顔があった。自身は正真正銘父の子なのだと嫌でも思い知らされる。セオは顔を上げると、川の向こう岸に黒い影のようなものを見つけて、訝しげに川の向こう岸を観察してみる。しかしその影はもう見当たらない。
「あれ、なんだったんだろう」
「おーい、お兄ちゃん!」
先に行けと言いながら、全く後ろをついてこない兄に痺れを切らしたのか、ステラが遠くから叫んだ。
「今、行くよ」
セオは叫ぶと、家に向かって駆け出した。
************************
家に帰ると、もう家族全員が集合していた。
妹であるエリーとハートはなにやら喧嘩をしているようで、その度に母親から叱責されている。
次男であるエリオットは父に剣の扱いについて説かれていて、その道に才能があるのにも関わらず、そういったことに全く関心がないエリオットはそれをうっとおしそうに聞いている。
平和な光景だ。
そう考えたら、先ほどの悩みなど、どうでもよくなりセオは席についた。
「おお、セオか。今度はどこに行っていたんだ?」
父は帰ってきたセオに気がつくと、嬉しそうな顔をした。
「森の中さ。本を読んでいたんだ。途中で寝ちゃったけどね」
セオは正直に告白した。
「偉いなぁ。父さんなんか、本を読もうとしたこともないぞ。セオは立派だなぁ。エリオットも兄さんを見習うんだぞ」
父は昔のことに負い目があるのか、ことあるごとにセオを褒めてくれている。
「父さん。背中をバシバシ叩かないでよ。痛いんだから」
エリオットが父に不服そうに呟いた。
「おおっと、すまないなぁ」
「さぁさぁ、お昼ご飯を置くから、ちょっとそこどいてちょうだい」
母親がなおも喧嘩を続ける姉妹に対して、お昼ご飯のお皿を持ちながら、注意する。
「だってお姉ちゃんが私の本を破るから」
「わざとじゃないし、何度も謝ったじゃない!」
「もう! いい加減にしなさい!」
母親は強引に姉妹をどかすと、テーブルの上にお昼ご飯を置いた。今日のお昼ご飯は海鮮の煮詰めらしい。美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ええっと、お昼前に悪いんだが、ちょっと父さんからお前達に対して話がある」
「話?」
セオは首を傾げた。父から話があるなど珍しい。
「今日から父さんは遠征に行けなくてはならない。しばらくお前達ともお別れだ」
「えぇ、お父さん。どこか行っちゃうの?」
末っ子であるステラが残念そうに叫んだ。
「悪いが、そうなる」
「何か良くないことでも起きたの?」
「詳しくは言えない。悪いな」
セオの問いかけに父は首を振った。
「話は以上だ。さぁ、ご飯にしよう」
父は手を叩くと、話を切り上げた。
************************
「兄さん、起きてる?」
夜中、三段ベッドの真ん中から、エリオットが話しかけたきた。一番下にいるリアンはスヤスヤと寝息を立てている。
「うん、起きてるよ」
「父さんの話、どう思う?」
「どうって?」
「遠征の話さ。そんなこと初めてじゃない? なにか良くないことが起きてるのは間違いないよ」
「でも、俺達には何もできないだろう?」
「そうだけど……」
エリオットは臆病なので、色々と考え込んでいるのかもしれない。
「父さんは強いんだから、心配しなくても大丈夫だよ」
「そうだよね……」
「もう寝ろよ。俺ももう寝るから」
「そうだね。じゃあ、兄さん。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
エリオットのベットの電気が消える。セオはしばらく眠れなかったが、目を瞑ると徐々に、意識が薄れていった。 そんな平和な家にある影が入り込もうとしていた。
平和な時は刻々と崩れていこうとしている。