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99.ブサメン、黙して待つ

 ラブホテル街の路上で、源蔵は更に由歌へと詰め寄った。

 しかし由歌はただ沈痛な面持ちで俯くばかりで、はっきりしたことは何もいおうとはしない。

 流石にこのままでは埒が明かないだろう。そこで源蔵は、少しばかり強硬な態度に出ることにした。


「詳しいお話が聞けんのやったら、僕が出る幕もありませんね。ほんならここで……」

「あ、あの……その、待って、下さい……!」


 思った通りだ。

 由歌は源蔵に何かをさせようとしている。しかし本音の部分ではかなり逡巡しているらしい。となれば、多少強引でも彼女の意図を引き出す必要があった。

 源蔵は足を止めて再び由歌に向き直った。


「で、そのカレシさんはどちらのラブホにいらっしゃるんですか?」


 直接元凶と話を付けた方が早いだろう。

 源蔵は周囲のラブホテルをぐるりと見渡しながら、低い声音で訊いた。すると由歌は、手近の一件を静かに指差した。


「ほんなら、さっさと入って話つけましょ。勤務時間が終わるまで待たないかんのなら、また別の日に改めて時間作るしかありませんけど」


 そういって源蔵が、そのラブホテルを指差したままの由歌の手首を軽く握って彼女の手を引こうとすると、由歌は思いの外、強く踏ん張ってその場に踏みとどまる姿勢を見せた。


「……入らへんのですか?」

「えと、御免なさい……まだちょっと、気持ちの整理っていうか、踏ん切りがつかなくて……」


 源蔵はやれやれとかぶりを振りながら、由歌から手を離した。

 これではどうにもならない。肝心の由歌が、そのカレシとやらと対決する度胸が持てないというのであれば、そもそも話にならないだろう。


「ほんなら今日のところはもうお開きです。大体、僕が小湊さんの金銭トラブルを解決せないかん義理もありませんしね」


 ここで源蔵は切り上げることにした。

 結局由歌が源蔵に何を求めていたのかは分からないが、彼女が何もいわない以上、源蔵に出来ることはひとつも無いのである。

 もしも本当に由歌が源蔵の助けを必要とするのであれば、また日を改めて話を持ちかけてくるだろう。

 それまでは、ただ待つしか無かった。


◆ ◇ ◆


 ところが、週明けの月曜日。

 思わぬ事態が源蔵を待ち受けていた。

 いつも通り定刻前に出社した源蔵だったが、隣席に座る美彩の表情がやけに硬い。その美貌には、怒気すら含まれている。

 そして実際、美彩は源蔵と目を合わせようともせず、いつも交わす朝の挨拶すら口にはしなかった。


(あのドタキャンがよっぽど腹に据えかねたんかな……まぁ、僕みたいなブサメンといつまでもつるんでてエエひとやないし……そろそろ他のイケメンにでも目ぇ向けて貰うには、丁度エエんとちゃうかな)


 そんなことを思いながら評価用ベンチへと向かった源蔵だが、しかし突き刺さる様な視線を浴びせかけてきたのは美彩だけではなかった。

 源蔵がゆく先々で、嫌悪感に満ちた目が彼を出迎える。

 一体何事だろうかと首を傾げていた源蔵だったが、社内で起きている異変を彼に伝えてくれたのは、同じ評価担当の葵だった。

 彼女は幾分緊張した様子で、昼休みに入る直前に源蔵の評価用ベンチへと歩を寄せてきた。


「あのぉ、櫛原さん……少しお時間、頂けますか?」

「はい、何でしょう」


 源蔵が作業の手を止めて振り向くと、葵は手近の椅子を引き寄せて源蔵の真正面に腰を据えた。そして彼女は自身のスマートフォンを取り出し、一本の動画を源蔵の目の前で再生してみせた。

 そこには源蔵と由歌の姿が映し出されている。

 動画の中で源蔵は、由歌の手を引いて強引に手近のラブホテルに入ろうとしていた。


(ん? あの時の現場を誰かが見てた? せやけど、何でこんな上手いタイミングで?)


 源蔵は丸太の様な豪腕を組んで、小首を傾げた。

 そういえば、由歌は随分と態度がおかしかった。もしかすると、あのラブホテル街で源蔵と一緒に居るところを誰かに撮影させることが目的だったのか。


「この動画が社内の一部に出回ってて、皆さん、櫛原さんを凄く白い目で見てるみたいなんです」

「そらまぁ、こんな最低のクズ野郎みたいなことしてる動画見たら、誰かてそういう目で見るでしょうね」


 しかし問題は、誰がこの一連の狂言を仕掛けたか、だ。

 拡散元を調べれば、犯人などすぐに割れるだろう。


「どなたが最初に、この動画を?」

「えっと……宮城さんだそうです」


 ここで源蔵は、ピンときた。

 過日、美彩と璃奈を罵倒した後で源蔵にやり込められ、大恥をかいた美彩の元カレ。

 恐らくはその仕返しとして由歌を使い、源蔵を窮地に追い込もうという算段なのだろう。何ともやることが稚拙で、余りにも馬鹿馬鹿しい。


「それで、櫛原さん……一体、何があったんですか?」

「いや、まぁ、ちょっといえませんわ」


 この日、源蔵は末永課長と共に極秘特例業務に当たっていた。

 由歌との一件について弁明するとなれば、当日の休日出勤についても語らなければならなくなる。流石にそれは出来ない。

 恐らくは美彩も、源蔵が約束をドタキャンした上に他のオンナをラブホテルに連れ込もうとしていたと思い込んで、怒りを滲ませているのだろう。

 そして当然ながら美彩に対しても、当日のことは話せない。つまり彼女は、極秘特例業務の全貌が明らかにされるまでは、源蔵に強い怒りを抱いたままということになる。

 だが、それならそれで構わない。美彩程の美人が、いつまでも源蔵に拘ること自体が間違いなのだ。


(ま、丁度エエ機会や……上条さんは他所でもっとエエ男、捕まえて下さい)


 ここで昼休みのチャイムが鳴った。

 源蔵は、尚も何かをいおうとする葵を振り切って、自席へと引き返した。

 これ以上、葵と何かを語らう必要は無い。彼女もまた、その本当の姿はとびきりに美しい女性だ。源蔵如きを相手にして良い逸材ではない。


(僕は爪弾きモン……それで結構)


 良亮の様な器の小さい小悪党に良い様に攻められ続けるのは多少癪だが、それもそう長くは続かない。

 源蔵には、絶対的な確信があった。

 そして事実、その通りとなった。

 その週の木曜日に宮城良亮の懲戒免職と、彼に対する莫大な額の損害賠償訴訟の告示が社内全体に通達されたのである。

 極秘特例業務が遂に、社内全体にその全容を明かされることとなったのだ。

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