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97.ブサメン、ドタキャンする

 どういう訳か、美彩も璃奈も源蔵の周囲から中々離れようとしない。

 源蔵自身は別段、彼女らを疎ましく思っている訳ではない。寧ろ、あれだけの美女ふたりが自分の様な禿げのブサメンに気を遣って相手をしてくれているのは、心から嬉しい限りではある。

 しかし矢張り、自分と彼女らとでは余りに釣り合いが取れなさ過ぎるという点が、源蔵の心の中で強く引っかかっていた。

 もっと他に、彼女らに相応しいイケメンが居る筈だ。

 源蔵の如きスキンヘッドの強面なんぞの為に貴重な時間を潰させてしまっては、彼女らの結婚適齢期を失わせしめることにもなるだろう。

 流石にそれは申し訳が無い。


(せやけど、社内の若いひとらは全然、上条さんと雪浦さんに声かける気配無いよなぁ……)


 この点もまた、源蔵にとっては大いに不満であった。

 何故ダイナミックソフトウェア社内の若い連中は、美彩や璃奈に対して果敢にアタックしようという気概を見せないのだろうか。


(もしかしたら、まだ宮城さんにビビってんのやろか……?)


 自席から美彩の元カレが腰を下ろしている席にそれとなく視線を走らせた源蔵。

 宮城は誰もが認めるイケメンだし、そろそろ中堅的な立場に差し掛かろうとしている男ではあったが、彼は色々な部分で余りに残念な点が多過ぎる。

 少なくとも仕事の面では、有能と評価出来る材料が少ない。

 今でこそ設計部門に籍を置いている良亮だが、その実力はせいぜい下っ端の評価担当者が関の山だろう。

 とてもではないが、複雑なシステム設計に携われる技量ではない。

 だがプライドだけは高そうで、しかも何かにつけて上から目線で物をいうから、彼を敬遠している者は少なくない。その良亮の元カノとうい立場が、美彩の女性としての価値を多少貶めているのかも知れない。


(上条さんも、エラいひとと付き合うてしもて……変な男歴を残してしもたなぁ)


 源蔵は隣の席で定時後の帰り支度を整えている美彩に、気の毒な視線を流した。良亮の様な器の小さい男と付き合っていなければ、今頃彼女はもっと充実した恋愛生活を送ることが出来ていたかも知れない。

 そして今は、源蔵という強面ブサメンの相手をしなければならぬ二重苦に陥っている。


(何ぼ何でも気の毒過ぎるやろ……)


 彼女には相応のイケメンを捕まえさせて幸せになって貰った方が良い。

 その為にはどうすれば良いのか。

 源蔵の頭の中で色々な思考が巡り始めたが、しかしすぐには結論が出そうになかった。


「あのぉ、櫛原さん……今週の土曜って、忙しいですか?」


 源蔵も帰り支度を始めたところで、不意に美彩がおずおずと控えめな調子で問いかけてきた。

 一体何事かと小首を傾げた源蔵。もしかすると、休日出勤の打診でも考えているのだろうか。

 だが仕事であれば、源蔵は無下に断るつもりはなかった。

 もしも美彩が所用か何かで代わりの休日出勤対応者を探しているのならば、喜んで引き受けてやるつもりだった。


「はい、暇ですよ。休出ですかね?」

「あー……えっと、そういうのんじゃないんですけど……」


 美彩は何故か、妙にはにかんだ様子で笑みを浮かべながら頭を掻いた。


「その、ちょっと気になるお店があって……もし櫛原さんさえ良かったら、一緒に行って貰えないかなぁ、なんて」

「え、僕なんか誘って大丈夫なんですか?」


 源蔵は思わず、信じられないものを見たといわんばかりの表情で目の前の美貌をじっと凝視した。


「んっと……駄目ですか?」

「いや、あかんとかそれ以前の問題ですよ。他に何ぼでも一緒に行ってくれそうなひと、居てはるでしょうに……」


 ところが美彩は、僅かに頬を膨らませて艶やかな唇をきゅっと尖らせた。

 曰く、彼女は源蔵だから誘っている、というのである。他の連中は声をかける気にもならないのだとか。

 一体何をどうすれば、そんな心境になるのだろうか。

 源蔵には全く理解が及ばない。


「まぁ別に、時間はありますから全然エエんですけど……ホンマに僕で大丈夫ですか?」

「もぉ……櫛原さん、何でそんなにビビっちゃってるんですか。もっと自信持って下さいよ!」


 源蔵の背中をばしばしと叩いてどやしつける美彩。

 彼女は源蔵が経験した手酷い失恋については何も知らないから、そんな台詞がぽんぽんと飛び出してくるのだろう。


(僕が自信なんて、持てる筈がないやんか)


 内心で苦笑を滲ませた源蔵だが、己の過去を開けっ広げにする訳にもいかない為、ここは黙って美彩の誘いを受けるしか無かった。


(せやけど、どこ連れてくつもりなんやろな)


 源蔵は何ともいえぬ不安を抱えたが、深く考えないことにした。


◆ ◇ ◆


 ところが、その当日。

 源蔵のスマートフォンに緊急を知らせる連絡が飛び込んできた。


(おっと、マジか……)


 ラインのチャット画面上に踊る文字列を真剣な面持ちで見つめていた源蔵。だがこれは流石に、断る訳にはいかない。

 そうなると、美彩との約束をキャンセルせざるを得なくなる訳だが、それならそれで好都合だ。

 源蔵は美彩からの折角の誘いを当日になってドタキャンした最低野郎という印象を彼女の中に植え付けることが出来る。

 これで美彩が幻滅してくれれば、それはそれで悪くない結果だろう。


(あんなに楽しみにしてはった上条さんには申し訳ないけど……これも上条さんの未来の為やから)


 そんな訳で源蔵は美彩のラインIDに、詫びの言葉を添えて約束のキャンセルを申し入れた。

 そしてすぐに身支度を整え、愛用のノートPCを鞄の中に放り込み、ワンルームマンションを飛び出した。

 この時の源蔵の顔は、職人特有の厳しさが浮かんでいた。

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