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96.ブサメン、読みを誤る

 源蔵は早速、オタク趣味全開作戦に着手した。

 出勤してから始業チャイムが鳴るまでの三十分弱、彼は自席で昨日購入したライトノベルの背表紙をこれ見よがしの勢いで周囲にアピールしながら、黙々とページを繰り始める。

 最初のうちは誰も気にしていない様子だったが、次第に微妙な視線が集まり始めてきた。どの顔も最初は軽い驚きから始まり、次いで何ともいえない表情へと塗り替えられてゆく。

 その反応は隣席に座る美彩も例外ではなかった。


「あ……おはよう……ございます……」


 朝の挨拶を交わすのはいつも通りだが、その美貌に浮かぶ困惑と、源蔵の手元をガン見する仕草は明らかに平常とは様子が異なっていた。

 きっと彼女は、内心でドン引きしていることだろう。

 実際、源蔵が挨拶を返した際も、その目線は源蔵の手元にじぃっと固定されたままだった。


(これで第二の人生でも、女性との縁は片っ端から消えていくやろな)


 本音をいえば、物凄く残念ではある。

 源蔵は決して聖職者ではない。男としてはごく普通に、生涯のパートナーとなる女性と出会いたいという当たり前の願望も密かに抱いていた。

 しかし自分の様な強面の不細工が辿る人生など、大抵碌なものにはならないだろう。そんな奈落ライフに、美彩や璃奈の様な顔立ちの良い女性らを巻き込む訳にはいかない。

 美月の様に家族、養女として受け入れるのであれば何の問題も無かった。彼女はきっと良い夫、良い伴侶を得た上で、源蔵の遺産を受け継いで幸せな生活を築いていってくれる筈だ。

 それは源蔵が父親という立場だから可能な話である。恋人或いは夫という身分では、自分はまず間違い無く相手の女性を不幸にしてしまう。

 その確信があればこそ、源蔵は己の今後の人生に見目麗しい女性らを巻き込む訳にはいかないという確固たる決意を抱くに至った。

 過去三度の手酷い失恋は、己の人生を悲観するばかりではなく、他の女性を巻き込んではならぬという観念を芽生えさせる切っ掛けともなった訳である。

 あんなツラい思いを、自分に接してくれる女性達には味わってほしくない――これは絶対に、逸脱してはならない源蔵自身の人生哲学でもあった。

 そして美彩は、その後も源蔵にちらちらと視線を寄せてくる。

 評価用ベンチに場所を変えてもその反応は変わらず、彼女は何かをいいたげな顔つきを見せ続けていた。

 そして昼休みになると、次なるターゲットである璃奈の姿も視界に飛び込んできた。

 自席近くの会議卓でコンビニの握り飯を食いながら、片手でライトノベルを繰り続ける。その姿に、璃奈は目を丸くしていた。


「へー……櫛原さん、結構趣味が若いですねー」

「いや、これの読者って年齢層広いですよ」


 言外に、オタクに老若関係無しの意味合いを含ませた源蔵。自分はこういう人間だから、璃奈の様な美人が関わって良い世界ではないということをそれとなくアピールしてみた。

 璃奈はしかし、全く意に介した様子を見せず、同じ会議卓に席を取って弁当を広げ始めた。


(あれ……何か思うてた反応と違うな……)


 源蔵は面にこそ出さなかったものの、少しばかり違和感を覚えた。

 璃奈の様に多くのイケメンから人気を博している美女が、何故オタク趣味全開のブサメンに対して、今まで通りの普通な対応を見せているのか。

 もうちょっと、毛嫌いする態度を示しても良いのではないだろうか。

 しかし莉奈は小柄な体躯を椅子の上にちょこんと据えて、微妙に目を輝かせて源蔵の手にしているライトノベルの表紙イラストをじぃっと覗き込んでくる。


「その表紙を描いてるひとって確か……」


 ここで璃奈が予想外のひと言を放ってきた。彼女は、件のライトノベルの表紙を担当しているイラストレーターの名をいい当ててきたのである。

 これには流石の源蔵も、驚きを禁じ得ない。


「え……御存知なんですか?」

「はぁい、知ってますよぉ。そのひとの描いてる漫画、わたし大好きなんですぅ」


 よもや、そっちだったか――源蔵は思わず天井を見上げた。

 すると同じく会議卓でコンビニ弁当を広げていた美彩が、まるで我が意を得たりといわんばかりの勢いで大きな胸を卓上に押し付けながらずいっと上体を乗り出してきた。


「あー、そっかそっか……道理でどこかで見た絵だなーって思ってたんですよ。やっと思い出しました!」


 美彩は随分とすっきりした表情で朗らかな笑顔を向けてきた。

 源蔵も、自身が愛読しているライトノベルのイラスト担当者が漫画連載を抱えていることは知っていたが、しかしまさか、璃奈や美彩も知っている作品だったとは考えてもいなかった。


「あの漫画ってホント、面白いですよねぇ~。わたしシリーズ全巻、揃えてますよぉ」

「あ、雪浦も? アタシもアタシも~」


 何故か変なところで盛り上がり始めた璃奈と美彩。

 この展開は源蔵も全く読めていなかった。

 そんなふたりを、祐司が自席から遠目に眺めている。美彩に声をかけようかどうか、相当に迷っている様子だった。

 ところがここで、更に思わぬ方向に話が転がり始めた。

 葵が物凄い勢いで歩を寄せてきて、源蔵の強面に顔を寄せてきたのである。


「くくく櫛原さん……か、会社でも、お、お読みになさるんですか……!」


 今まで源蔵と葵が社内で絡んでいるところは、誰も見たことが無かったのだろう。美彩と璃奈はぎょっとした表情で、葵の端正な顔立ちと源蔵の強面を交互に見比べている。


「あ、えっと……蔵橋さんって、櫛原さんとは、仲イイんですか……?」


 何故か異様な程に警戒の表情を浮かべている美彩。璃奈も、不思議とただならぬ感情を面に浮かべている。

 そんなふたりの反応に対し、葵は恥ずかしそうに頭を掻きながら、しかし嬉しげな笑顔を滲ませた。


「実はですね、その、櫛原さんが私と同じ作家さんのファンだって教えて頂いて、色々とお話させて貰ったんですよ」


 葵の告白に、美彩と璃奈の両美人がいきなり緊張した様子を見せ始めた。

 この不可解なまでの硬い空気に、源蔵は内心で小首を傾げてしまった。


(何か……もっと予想外の方向に話が転がっとんのやけど……)


 どうやら美彩と璃奈には、源蔵の知り得ない一面があったらしい。

 それはそれで良いのだが、何故このふたりが葵の登場にここまで緊迫した顔を覗かせる様になったのか。

 源蔵には、その点が何よりも理解出来なかった。

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