95.ブサメン、残念がる
源蔵は、幾分緊張気味の葵の顔をまじまじと眺めていたが、流石に無遠慮過ぎたと反省し、剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた。
「おっと、失礼しました……えぇっと、そうですね。結構前から追っかけてたシリーズで、この作家さんの作風とかも好きなんで……」
「そ、そうなんですね!」
すると突然、葵が我が意を得たりといわんばかりの勢いで身を寄せ、物凄く嬉しそうな笑顔を源蔵の強面の鼻先に近づけてきた。
地味な見た目からは到底想像も出来なかった積極的な姿勢に、流石の源蔵も気圧されてしまった。
(この、仲間を見つけた時の容赦の無い距離感……やっぱこのひと、オタクやわ)
源蔵は内心で確信しつつも、その面には愛想笑いを浮かべて何とかこの場をやり過ごそうと頑張った。
ところが葵は源蔵を解放するどころか、更にぐいぐいと迫って来た。
「あ、あの……も、もし良かったら、その、少しお話、しませんか? えっと、私、その、同じシリーズ集めてるひとが周りに居なくて、語れるひとが居たらイイなって思ってまして」
「あ、はぁ……まぁ、僕で良ければ」
ここで源蔵は、空腹であることを思い出した。
この書店でライトノベルを購入した後、適当な店に入って夕食を済ませるつもりだったのだ。
「あー、ここでは何ですし、どっかで飯食いません?」
「え、え、イイんですか? その、私なんかと御一緒で……」
それは寧ろ、自分の台詞だと源蔵は苦笑を禁じ得ない。
確かに葵は服装や化粧などは地味だが、その顔の造りは間違い無く美人の部類に入る。これ程の見目麗しい女性を食事に誘うなど、本来であれば源蔵の領分ではない。
しかし流石にこの場でオタクトークを続ける訳にはいかない為、苦肉の策として夕食を提案したに過ぎないのだが、そんな源蔵の言葉に対し、葵は随分と下手に出る格好を見せていた。
(蔵橋さんがその気になったら、男なんて何ぼでも寄ってきそうやけどな……)
なんてことを考えながら源蔵は葵と肩を並べて大通りに出て、手頃なファミリーレストランへと足を向けた。下手に飲み屋へと誘おうものなら、要らぬ誤解を与えかねなかった。
しかしその道中、葵は尚も喜びを噛み締めている様な、或いは恥ずかしそうな表情で笑みを浮かべている。
オタク仲間を見つけることが出来たのが、そんなに嬉しかったのだろうか。
源蔵が不思議な面持ちで葵の美貌を横から眺めていると、葵は照れ隠しの様に頭を掻きながら幾分頬を上気させた。
「えっと……実は私、自分より背の高いひとと並んで歩くのが初めてで……だから、その、ちょっと嬉しいな、なんて……」
曰く、彼女はこれまで女友達しか居なかったらしい。その友人らはいずれも葵より背が低く、彼女はいつも目線を下に落として言葉を交わす格好となっていた様だ。
同時に、重度のオタクだった葵は男友達が居なかったのだという。その為、必然的に周りには自分より背の低い女子ばかり集まる形となった。
これに対して源蔵は、190cm近い長身である。葵にとって、自分より目線が上の相手とプライベートな話を交わすことが出来たのは、今回が初めてだという話だった。
それが彼女には、余程に嬉しかったらしい。
(ふぅん……そんなもんかねぇ)
源蔵には、よく分からない。女性にとって背が高いというのは、コンプレックスを抱かなければならない程の問題なのか。
だが少なくとも、葵が気に病んでいたのは事実だろう。そういう意味では、源蔵は自身の巨躯が彼女の心理的な救いになれれば、それはそれで良い話だとも思っている。
そんな会話を交わしながら、ふたりは駅近のファミリーレストランで腰を落ち着けた。
この場でも、葵の心底嬉しそうな笑顔は絶えることが無かった。
源蔵は源蔵で、自身の好きなライトノベルについて語り合える相手ということもあり、今宵は自分でも思った以上に饒舌となっていた。
「せやけど、僕のこと、よく御存知でしたね。まだ入社してそんな間もないんですけど」
「あ、えっと、それは……こないだの、会議室でのお姿を見てましたから」
良亮が美彩と璃奈をまるで公開処刑でもするかの如く叱責していたあの場に、葵も同席していたらしい。
どうやら彼女も良亮のやり方には幾らか反発する気分を抱いていた様だが、あそこで源蔵が良亮の不手際をばっさりと斬り捨て、ものの見事にブーメランを叩きつけた姿が本当に痛快で堪らなかったとの由。
「ははは……いやいや、変なところを見られてしもて、お恥ずかしい限りですわ」
「そんな、恥ずかしいだなんて……すっごく、カッコ良かったです!」
ダイナミックソフトウェアに入社して五年目となる葵だが、彼女はこれまでずっと評価担当としての作業しかしておらず、ログの解析などは全く出来ない様だ。
それだけに、同じ評価担当の源蔵が垣間見せた高度なスキルに憧れを抱いた、などとかなりこそばゆい台詞を並べてきた葵。
「だから余計に、嬉しかったんです。櫛原さんみたいな凄いひとが、私と同じ趣味を持っててくれたなんて……何だか、勇気が湧いてきました!」
「いやいや、そんな大袈裟な」
ここまで持ち上げられると流石に居たたまれなくなってきた源蔵。ドリンクバーでコーヒーを淹れる為に、半ば逃げる様に席を立った。
それにしても、自分の様なブサメンにあそこまで食いついてくるとは、葵のこれまでの男性関係は相当に希薄だったのだろうか。
かなりの美人ではあるが、男顔負けの長身で、オタク趣味で、しかも地味な装い。
確かに、男性との付き合いは希薄だったといっても不思議ではない要素が幾つも並んでいる。
(あんな綺麗なひとやのに、勿体無いなぁ)
己の様な不細工ではないどころか、かなりの美貌の持ち主であるだけに、兎に角惜しいのひと言だった。
(僕なんかと同類や思われたら、蔵橋さんの為にはならんやろうな……何とか上手く、イケメンらの目に留まる様なプロデュースが出来たらエエんやけど)
だがこればかりは、本人のやる気次第である。
源蔵にどうこう出来る問題ではなかった。




