94.ブサメン、同類と遭遇
白富士インテリジェンスに勤務していた頃は、源蔵はなるべく社内で多くのコミュニケーションを取る様に心がけていた。
自身がチームリーダーや課長といった、ひとの上に立つポジションに居たことが最大の理由であるが、逆をいえば、その様な立場でなかったならばそんなことは気にも留めなかっただろう。
しかし今は、あの頃とは状況が真逆である。
ダイナミックソフトウェア社内では、源蔵は無駄に周囲とのコンタクトを取ろうとはしなかった。
必要なのはバディ制度でチームを組む美彩との連携のみであり、それ以上の繋がりは不要だった。
ところがここ最近は璃奈、祐司のチームと何かにつけて絡むことが多い。
勿論仕事を進める上で、あのふたりと接触を取る必要があるからというのも理由のひとつだが、それ以上に大きいのが、璃奈や祐司の方から声をかけてくるケースが多かったという点が挙げられる。
実際、源蔵から璃奈、祐司に話しかけることはほとんど無かった。会話を交わすシチュエーションが発生する時は大体いつも、向こうから近づいてくる。
時期でいえば、あの飲み会と弁当披露会辺りからだ。特に璃奈は源蔵とラインIDを交換して以降は、業務外でも頻繁にコミュニケーションを取ろうとしてくる。
もうすっかり、源蔵との間で友人関係が成立している様な空気感だった。
(大丈夫かな、これ……)
源蔵は相手の気分を害する真似はしたくないだけに、璃奈と祐司を塩対応で遠ざける様なことはしなかったものの、少し距離を置いた方が良いのではないかとも考え始めていた。
何といっても璃奈は社内では五本の指に入る程の美女だったし、イケメン祐司は同じく美麗な顔立ちとスタイルで大人気の美彩に御執心だ。
正直いって、源蔵とは住む世界が余りにも違い過ぎる気がしていた。
(もっというたら、上条さんとも仕事以外で話すんのは拙い気もするんやけどな……)
美彩は璃奈と並ぶ社内トップクラスの美人で、彼女を狙っている男性社員は両手では数え切れないともいわれている。
いわば美彩も璃奈も、高嶺の花といって良い存在だ。
そんなふたりが結構な頻度で源蔵と親しげにしている姿を周囲に印象付けてしまうのは、物凄く申し訳無い気がしてきた。
(そろそろ、あのお嬢さん方が自発的に遠ざかる手ぇ打った方がエエかな)
過去に三度、告白した相手から手酷い扱いを受けてきた源蔵。
白富士に居た頃は操、美月、美智瑠、晶、早菜、冴愛、詩穂といった多くの美麗な女性らが源蔵と親しくしてくれたものの、あれは奇跡的なモテ期がたまたま到来しただけだと考えている。
本来の自分は、女性とは全く縁が無いというのが源蔵の自己分析結果だった。
それだけに、カレシ候補として有望なイケメン達から引く手あまたな筈の美彩と璃奈が、自分の様な禿げのブサメンなんぞの為に時間を割くのが非常に勿体無い様に思えて仕方が無かった。
そこで源蔵は、久々に己の趣味を持ち出すことにした。
即ち、ライトノベルである。
昼休み、昼食を終えて自席でオタク趣味満開のイラストが表紙に踊る一冊を、スキンヘッドのブサメンが熱心に読みふける姿というのは、それだけで相当に気持ち悪い筈だ。
きっと美彩も璃奈もドン引きして、嫌気が差すに違いない。
周りを見渡せばお洒落な趣味や話題も豊富なイケメンが、幾らでも居る。
キモオタ臭を撒き散らす禿げのブサメンと彼らを比べれば、美彩や璃奈程の美女がどちらを選ぶかは火を見るよりも明らかだ。
そんな訳で源蔵は早速仕事帰りに駅前の書店に立ち寄り、自分好みの最新作を何冊か纏めて購入した。
(これであのひとらも、ちょっとは懲りるんちゃうかな)
もしかすると、最初のうちは興味本位で覗き込んでくる様なこともあるかも知れない。しかし美彩や璃奈の様なオトコには事欠かない美女らは、本性を現したオタク野郎からは次第に遠ざかってゆくだろう。
これが、本来あるべき姿だ。
美人にはイケメンがよく似合う。
自分の様な禿げのブサメンは、せいぜい社会の隅でひとり孤独に、静かに息を殺すのが性に合っているというものだろう。
ところが、書店を出ようとしたところで不意に声がかかった。
「あの……もしかして、櫛原さん、でしょうか」
余り聞き慣れないトーンに、源蔵は思わず立ち止まって振り向いた。
そこに、眼鏡をかけた長身の女性が佇んでる。結構な上背で、身長は軽く175cmを越えているのではないだろうか。
艶やかな黒髪は綺麗に纏められているものの、地味な服装と相まって、どこか陰気な雰囲気が漂う。
しかし顔立ちは決して悪くない。というよりも、結構な美人だ。
野暮ったいスタイルが邪魔をしてひと目見てそうとは分からないかも知れないが、それなりのメイクとヘアスタイル、お洒落な服装で整えれば、美彩や璃奈にも負けない程の煌びやかな姿に一変するだろう。
「えぇと……蔵橋さん、でしたっけ」
源蔵は必死に記憶を手繰り寄せた。
確か、同じくダイナミックソフトウェアに勤務する蔵橋葵という五年目の女性社員だった筈である。
源蔵と同様に評価担当として働いており、彼女の評価用ベンチは同じフロア内の少し離れた位置に在った様な気がする。
背の高い女性だから、その姿はよく目に付いていたのだが、こうして話をするのは初めてだった。
「はい、蔵橋です……覚えてて、下さったんですね……」
葵は妙に恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべながら頭を掻いた。
もっと綺麗にお洒落すれば、そこら辺のオトコ共は絶対に放っておかないだろう。
それ程にレベルの高い容姿の葵だが、己の外見には無頓着なのか、社会的に失礼にならない程度の薄化粧や衣服で済ませているのが、非常に勿体無い様に思えた。
そんな彼女が、一体何故、源蔵に声をかけてきたのだろうか。
「えっと……櫛原さん、もしかして、その……今持ってらっしゃるシリーズ、集めてたり、するんでしょうか……?」
微妙に探る様な視線を、源蔵が手にしている数冊のライトノベルに注いでくる葵。
源蔵は内心で小首を傾げた。
(もしかして、このひともオタクなんかな)
その様に考えれば、余りにもお洒落に無頓着な容姿も何となくそう見えてしまうから不思議なものである。




