91.ブサメン、流れ弾を喰らう
気が付けば、今宵の飲み会に参加している美女ツートップが、何故か源蔵と同じテーブルに陣取っている。
他にも数名の女性社員が同席しているものの、彼女らはアラフォーの既婚者だったり、或いはカレシ持ちだったりする訳で、要はこの場の若手男性社員らのターゲットにはなり得ない者達ばかりだ。
(雪浦さんは最初から同じ席やったからエエとして……何で上条さんまで……)
源蔵は周囲から浴びせられる突き刺さる様な視線に内心で冷や汗を流しつつ、グラスを持って移動してきた美彩の為に椅子を用意してやった。
「それで、雪浦と何の話してたんですかー?」
美彩は顔色こそ然程に変わっていないものの、幾分目が据わっている。酔っている所為なのか、機嫌が悪い所為なのかは分からない。
ただ、その口調が源蔵に対してだけ妙に刺々しいのは決して幻聴ではないだろう。
(何や知らんけど、怒ってはる?)
源蔵は内心で小首を傾げながらも、璃奈とは料理の話題で盛り上がっていたことを素直に白状した。別段、隠す程のことでもなかったからだ。
すると璃奈は、本当に感激した様子で自身のスマートフォンを美彩の眼前に突き出した。そこには源蔵から送られた霜降り工程の説明やカレーの隠し味に関する自身の書き込みなどが、相当な文字数でびっしりと連なっていた。
「え、ちょっと待って。何て雪浦、櫛原さんのID知ってんのよ」
「へへへ~……教えて貰ったんだぁ」
にっこにこの上機嫌で笑う璃奈。ついでに彼女は、源蔵の方からID交換を申し入れてくれたなどと、余計なひと言まで付け加えた。
「へぇ~、そうなんですかぁ~……アタシん時はこっちからお願いするまで、ID交換の話なんて全然出てこなかったのになー」
何故か恨めしそうな顔つきで横目を流してくる美彩。
源蔵はジョッキの中身を飲み干す体を装いながら、何とか視線を合わせぬ様に努めるだけで精一杯だった。
「でね、でね。櫛原さん久々に美味しそうな料理作るみたいだから、完成したら写真アップして貰える様にお願いしたんだよぉ~」
相変わらず璃奈は、子供みたいに大はしゃぎしている。
彼女は本当に食べることが大好きな様で、傍から見ていると美貌の成人女性であることが物凄く勿体無く思えてしまう。
ところがここで美彩はふふんと鼻を鳴らして、結構なボリュームを誇る大きな胸を上下に揺らしながら上体を反り返らせた。
「ふーんだ。アタシなんてねー、櫛原さんの手料理、食べたことあるもんねー」
そのひと言は余りに、不用意だった。
独身の男が同じく独身の、それも先日までカレシ持ちだった美女に手料理を振る舞うシチュエーションというのは、余程の仲でなければそうそう起こり得るものではない。
周囲の若手男性社員らは一様に凍り付き、そして何ともいえぬ疑念に満ちた視線で美彩を一斉に包囲した。
美彩も己の発言の迂闊さに気付いたのか、見ている方が気の毒に思ってしまう程に、その美貌が見事に引きつってしまっている。
(何やってんのよ、このひとは……)
源蔵は顔色は全く変えず、ただ内心で呆れ果てた。が、ここで助け舟を出さない訳にはいかない。
「たまたま僕が気ぃ向いて弁当作った時があったんですけどね。そん時に上条さんが隣に居てはったんで、ちょっとおかず交換みたいなことしまして」
「あ、うん、そうそう。アタシはコンビニ弁当だったんで、申し訳無いなー、なんて思っちゃったんだよね」
ここで漸く美彩が息を吹き返したかの如く、はにかんだ笑みを浮かべて頭を掻いた。
取り敢えず、この場の危機は去った。
矢張り彼女は、酒が入るとどうにも変なところでネジが一本か二本、抜けがちになる。少し警戒して気を張っておく必要があるかも知れない。
一方、璃奈は両目を輝かせて美彩を羨ましそうに見つめていた。
「わー……イイなイイな……櫛原さん、次またお弁当作ってきたら、絶対教えて下さいね。今度はわたしとおかず交換しましょうよぉ」
こちらも美彩に負けない程の大きな胸をテーブルに押し付けながら、璃奈は小柄な体躯をぐいっと押し出してきた。
と、そこへ漸く遅ればせ気味に祐司がグラスを抱えて席を移動してきた。
「へぇー、料理ですか。実はオレも結構、得意な方なんですよね。でも前の会社じゃチームの若手の面倒見るのに忙しくて、あんまり手料理とか作る暇無かったなー」
料理も仕事も出来る男をアピールしてくる祐司。
その視線は美彩に釘付けとなっているが、肝心の美彩は、
「へー、そうなんですねー」
と、興味の無さそうな生返事を口にするばかり。
すると祐司は一瞬だけムッとした表情を滲ませ、自分も弁当を作って来るなどといい出した。
「オレも弁当作ってくるんで、櫛原さんもどうっスか? 男子弁当会やりましょーよ」
どうやら祐司は相当に自信満々らしい。
調理師学校で一年かけて腕を磨いてきた源蔵と、どこまで張り合えるのかはまるで未知数ではあったが、しかし祐司が美彩との距離を詰める為の切っ掛けを作ってやれるならば、源蔵としても協力を惜しむつもりは無かった。
「ほんなら早速、来週の月曜に作ってきましょか」
喜んだのは、璃奈である。こんなにも早く源蔵の手料理を味わえるとは思っていなかったなどと、彼女は手放しで歓喜の笑みを浮かべていた。
それにしても、妙な流れになった。
今宵の飲み会では、源蔵は会場の端でひとりちびちびとビールを嗜む程度に過ごす筈が、気が付けば美女ふたりやイケメン同期らとテーブルを囲み、手料理を持ち寄る話になっていた。
(僕のことは放っといて、皆さんで楽しんでくれたらエエのに……)
愛想笑いを浮かべながら、心の内では渋い表情が絶えない源蔵。
来るべきではなかったか、などと後悔しても後の祭りだった。
それにしても、何故祐司はあんなにも源蔵に敵意を剥き出しにしてくるのか。源蔵自身は、祐司の足を引っ張るつもりは微塵にも無かったのだが。
(上条さんが、僕の料理食うたことあるなんて変なこといい出したからかな)
何となく巻き添えを喰らった感がしないでもない。
完全に流れ弾だった。
それでも美彩は兎も角、食いしん坊の璃奈は源蔵の手料理を心待ちにしてくれているから、彼女の為にはしっかり気合入れて作ろうと腹を括った。




