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90.ブサメン、嫉妬される

 美彩がイケメン祐司とのカップリング成立を狙っているのなら、是非ともその手助けになってやろうと決意した源蔵。

 その為にわざわざ参加した飲み会なのだが、どうも源蔵の思惑とは少し異なる方向に場の流れが傾き始めていた。

 発端は、飲み会開始直後でテーブルに現れた肉料理だった。

 軽く箸をつけてみたのだが、これが思いの外、美味い。

 目の前では璃奈が目を丸くして、美味い美味いと連発しながら必死に件の肉料理をつついていた。


「わっ……わぁっ……これ、ホントに美味しいです……どうしたらこんなに、美味しく出来るんだろ……」


 ところが源蔵、実は早い段階でこの肉料理のレシピを頭の中に思い描いていた。調理師学校で叩き込んで貰った技術は、伊達ではないという訳である。


「これ、アレですね……多分、仕込みの段階で霜降ってますね」

「え? 霜降り肉って、サシが一杯入ったお肉のことをいうんじゃないんですか?」


 すると璃奈が物凄い勢いで食いついてきた。

 可愛らしい顔立ちで男性人気も高そうな女性なのだが、美味い料理の話題になると、他には目もくれなくなる性格であるらしい。

 しかし源蔵も料理人としての矜持がある。中途半端な知識の披露で終わらせるのは、何となく気が引けた。


「霜降り肉っていう用語自体は確かに仰る通りですが、肉や魚の下処理の工程で霜降りってのも実際、あるんですよ」


 肉や魚を調理する前、沸騰した湯にさっと通すか、或いは湯をかけるなどして、素材の持つ臭みを抜くことが出来る。更には旨味を逃さない様に仕上げる効果もある。

 手順としては実にシンプルだが、これを知っていると知っていないのとでは大きな差が出ることも少なくないと、源蔵は目の前の肉料理を口の中に放り込みながら静かに語った。


「あの、それって、どうすれば良いんですか? メモ取りますんで、ちょっとお待ちを……」

「あぁ、いや……そんな大袈裟な話やないんですけど……もしラインのIDお持ちでしたら、そこにテキストで送りましょか?」


 いいながら源蔵がスマートフォンをワイシャツの胸ポケットから取り出すと、璃奈は両目を輝かせて、自身のスマートフォンをテーブル横に置いたトートバッグの中から手早く取り出した。


「是非、交換お願いします! わたし、美味しいお料理食べるの、大好きなんです! あ、勿論作るのも、ですけどね」


 えへへと恥ずかしそうに笑いながら頭を掻く璃奈。

 年齢的には美彩とは差が無いように思えるのだが、性格面では少女の部類に入るのかも知れない。それ程に、ふたりの美女の精神年齢はかけ離れている様に思えてしまった。


「ちょっと待って下さいね……」


 源蔵はライン上で霜降り工程の手順を素早く入力してゆく。

 一方の璃奈は、源蔵から工程ひとつひとつの詳細が送られる度に、随分わくわくした嬉しそうな笑顔を惜しみなく披露している。


「雪浦さん、今日はすっげぇ御機嫌だなぁ」

「櫛原さんと、何かイイ雰囲気っぽくない?」


 同じく飲み会に参加している他の若手社員らが、そこかしこのテーブルで無責任な噂を垂れ流している。その言葉の端々には嫉妬や羨望、若干のやっかみなども含まれている。


(んな訳ないやんか……僕はただ、料理のちょっとしたコツを教えてあげてるだけやし……)


 源蔵は内心でやれやれとかぶりを振りながら、ひと通りの霜降り工程手順を璃奈のラインIDに全て送り終えた。

 対する璃奈は、本当に嬉しそうだ。


「あの、あの、櫛原さん! もし良かったら、他にも色々教えて下さいませんか?」

「他って、例えばどんなのが知りたいんです?」


 ビール片手に小首を傾げた源蔵。

 すると璃奈は、まず手始めにカレーの隠し味が知りたいと、相当乗り気な様子で可愛らしい顔をぐいぐい寄せてきた。この時、彼女の予想外に大きな胸の膨らみがテーブルに押し付けられた。

 その様子が微妙にエロティックで、他の若手男性社員らはそこにばかり目が吸い付けられていた。


「定番ですねぇ……チョコレートとかインスタントコーヒーとか、ひとによっては好みも様々ですけど、僕は濃い口醤油が好きですね。あれを軽く垂らすだけで、全然味変わってきます」

「うぉぉ~……忘れないうちに書き込んじゃお……」


 璃奈は源蔵のID向けに、カレーの隠し味と題した一行を書き込んできた。

 料理のメモ代わりに誰かとのラインチャットを利用するなど、余り聞いたことが無い。


(よっぽど美味い飯が好きなんやな……)


 飲み会の場であることを忘れて、一心不乱に源蔵直伝の裏技をメモる璃奈。花より団子な精神の持ち主なのかも知れない。

 同じテーブルの若手男性社員ふたりは、源蔵と璃奈との間で醸成された奇妙な空気にはついてくることが出来ず、横目でちらちらと視線を流してくるばかりであった。

 やがて璃奈は、頬を上気させて目を爛々と輝かせながら極上の笑みを浮かべた。


「ありがとぉございますぅ……まさか櫛原さんが、料理の達人だったなんて、全然予想外でしたよぉ~」

「いつもコンビニ弁当ばっかり食うてますからね」


 源蔵は乾いた笑いを漏らしながら、剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた。

 実際、今のワンルームマンションでひとり暮らしを始めて以降、キッチンに立つのは軽めの朝食を作る時と、気が向いた時に夕食を調理する時ぐらいだった。

 本格的な料理を手掛けることには今でも自信はあるが、少しばかり勘が鈍っているかも知れない。


(久々に、この土日は何ぞ作ってみるか……)


 ふとそんなことを考えた源蔵。

 すると彼のそんな思考を読んだのか、璃奈が意味深な笑みを湛えて源蔵の強面をじぃっと覗き込んできた。


「櫛原さん、もしかしてこの土日、何かお料理作ろうって思ってません?」

「あら、バレましたか」


 その鋭さに内心で舌を巻きながら、源蔵は苦笑を滲ませて小さく肩を竦めた。


「だったら櫛原さん! 作ったお料理の写真、アップして下さい! 後、レシピも流してくれたらわたし、超嬉しいです!」

「あぁ、そんくらいなら別に、全然良いですよ」


 璃奈は本当に嬉しそうな笑顔で両手を大きく挙げ、バンザーイなどと小さく叫んでいる。

 周囲からの奇異の視線など、まるでお構いなしだった。

 ところがそこへ、思わぬ闖入者が飛び込んできた。

 自席を立った美彩が、微妙に不満げな様子でテーブルを移動してきたのである。


「なーんか、そっちすっごく盛り上がってますねー」


 源蔵は思わずギョっとなって上体を引いた。

 祐司と同じテーブルでイイ雰囲気になっていたのではなかったのか――美彩のこの不機嫌な酔っ払い顔に、源蔵は何となく嫌な予感を覚えた。

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