89.ブサメン、仲介役を志す
いつもの様に定時で仕事を終わらせ、そそくさと帰り支度を始めた源蔵。
すると、待ってましたとばかりに美彩が隣の席からその端正な顔立ちを寄せてきて、囁く様な声で呼びかけてきた。
「櫛原さん、今週金曜の夜って、忙しいですか?」
「いえ、別に何も予定入ってませんけど」
その応えを受けて、美彩は安堵した様子でほっと息を漏らした。次いで彼女は、時間があるなら皆で軽く飲みに行こうという意味の誘いを持ち掛けてきた。
どうやら若手男性社員らが美彩を射止める為に飲み会を開催しようとしているらしいが、美彩は警戒心を働かせたのか、知っている顔何人かにも声をかけさせて欲しいと返した様だ。
件の連中は困惑したものの、美彩の機嫌を損ねてチャンスが失われるのを恐れたのか、結局彼女からの申し入れを承諾したとの由。
そこで美彩は同期の雪浦璃奈や、彼女がバディ制度でチームを組んでいる中途採用イケメン社員の榎田祐司、そして源蔵の三人を追加で呼ぶ意向を示したらしい。
(ははぁ……何ぞあった時の防波堤やね)
源蔵は内心で苦笑を漏らしつつも、特に断る理由も無かった為、OKを返した。
璃奈については顔見知り程度でしか接したことは無いが、同期の中途採用イケメン社員の祐司とは、入社直後の共同OJTでしばらく一緒の時間を過ごしたことがあった。
年齢は25歳だから、美彩や璃奈よりも年上ではある。が、社歴はまだ二カ月にも満たない。つまり源蔵と同じ新参者という訳だ。
その祐司は現在、小柄な先輩女性社員の璃奈とバディ制度上のチームを組んでいる。
璃奈は真面目で頑張り屋さんとの評判だが、慌てん坊で、且つおっちょこちょいな面もあり、祐司の指導にはいつも四苦八苦しているらしい。
美彩と源蔵のチームは、璃奈と祐司のチームとは異なるモジュールソフト開発に携わっているが、時折共同で評価作業に当たることもある為、源蔵と祐司は全くの赤の他人という訳でもなかった。
(榎田さんと飲むのは、今回が初めてちゃうかな……)
同じ部署のみならず、他部署の女子社員からも人気のあるイケメン祐司。当然ながら美彩も、良亮と別れてフリーとなった今は、祐司と付き合うことだって大いにあり得るだろう。
(年齢的にも、丁度良さげか)
そんなことを考えながら、源蔵は同じ様に帰り支度を整えている美彩の嬉しそうな横顔をちらりと盗み見た。随分機嫌が良さそうなのは、いよいよ祐司とアプローチが取れる算段が固まったからだろうか。
(アレかな……同期の僕を足掛かりにして、榎田さんと繋がりが持てるってことを期待してんのやろか)
別に、それならそれでも構わない。
美彩には色々と世話になっているし、彼女の新しい恋を応援出来るのであれば、幾らでも自分を踏み台にして貰っても良いと思っていた。
(よっしゃ……ほんならちょっと頑張って、おふたりさんの仲を取り持ってやろか……)
源蔵は拳を軽く握り締めて、自らに気合を入れた。
自分には女性との縁は全く無いが、仕事仲間を応援してやることは出来る。
証人保護プログラム適用により、もう二度と操や美月とは会えない寂しさはあるが、第二の人生でも彼は周囲の女性らには幸せになって欲しいと願っていた。
今回は、その新しいチャンスが巡ってきた場面だと捉えている。
(上条さんと榎田さん……美人とイケメンで、丁度釣り合い取れてるしな。エエんとちゃうかな)
立ち上がって、ふと別の島の机に視線を流す。そこに同じく帰り支度を進めている祐司の姿があった。
彼の視線は、どうやら美彩に注がれている様にも見える。
ということは、これは案外手早くまとまるかも知れない。相思相愛なら、他の若手連中が口を挟む余地など皆無だろう。
(後は当日……上手いこと、そっち方向に話を誘導してやらんといかんな)
源蔵は色々な場面を想定して、頭の中でシミュレートを開始した。
◆ ◇ ◆
そして金曜の夜、飲み会当日。
会場に選ばれたのは会社近くの居酒屋。そこは先日、美彩とふたりでサシ飲みした店だった。
(流石に今日は、あん時みたいな醜態は晒さんやろう……)
一抹の不安を抱えた源蔵だったが、これだけの人数が揃っている中では泥酔する様な真似はしないだろうと、半ば願望にも近しい思いを抱いて四人掛けテーブルの端っこに陣取った。
美彩は他のテーブルで、若い連中に囲まれている。
今回は彼女と同じ卓に就くつもりは無かった源蔵は、先に美彩が席を落ち着けてから、わざわざ離れたテーブルを選んだのである。
美彩は若手男性社員らと明るい笑顔を交わし合っていたが、途中何度か、微妙に恨めしそうな視線を源蔵に投げかけてきている様にも思えた。
(何か、不備があったか?)
源蔵は内心で小首を傾げた。
美彩のテーブルには、祐司の姿もある。最初のセッティングとしては、上首尾だといって良い。
にも関わらず、あの不満げな目は一体何なのだろう。
(もしかして僕も同じテーブルに同席して、色々フォローしてやった方が良かったんかな?)
だが自分の様なブサメンが最初の段階から他のイケメン達の中に紛れ込むのは、見栄え的にも宜しくない。
美彩をサポートしてやるのは、酒が廻り始めた頃でも良いだろう。
「櫛原さん、最初はビールでも良いですか?」
差し向かいの位置に席を取っていた璃奈が、ドリンクメニューを差し出してきた。何かと気を遣ってくれる優しい女性だから、源蔵の様なブサメンにも平等に接してくれるのだろう。
やがて、飲み会がスタート。
まずは様子見しながら、宴席の端でちびちびやる。これが源蔵の、飲み会に於けるいつものスタイルだ。
(そういやぁ、初めて雪澤さんらと合コンした時も、こんな感じやったな)
ふと、そんなことを思い出した。
美智瑠や晶は今、元気にしているだろうか。
FBIからの報告は定期的に貰っているものの、矢張り直接顔を見ることが出来ない為、時折懐かしい思いが込み上げてきてしまう。
(あかんあかん……エエ加減、頭切り替えないかんわな)
目の前でにっこりと笑う璃奈に愛想笑いを返しつつ、源蔵は心の内で気合を入れ直した。




