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87.ブサメン、面影を見る

 ひと通り食べ終わって淹れ直したコーヒーでひと息入れていると、それまで幾分砕けた調子で源蔵の手料理を楽しんでいた美彩が、突然真剣な表情になってぴんと背筋を伸ばし、椅子に座り直している。

 一体何事かと小首を傾げた源蔵だったが、美彩は服装こそルームウェアながら、その美貌は仕事モードに切り替わっていた。


「あの、櫛原さん……アタシ達、思いがけずこんな関係になっちゃいましたけど、でも、お仕事は別ですから……週明けからは今まで通り、バディ制度の先輩後輩として指導させて頂きますので、宜しくお願いします」

「ん? はぁ、そらぁ全然当たり前の話なんですけど……急にどないしはったんですか?」


 源蔵が怪訝な表情を浮かべると、美彩は幾分俯き、上目遣いでちらちらと源蔵の強面を見つめてきた。

 その頬が、幾分上気している。何を照れているのか、よく分からない。


「え……だって……その、昨夜は……その、アタシと……」


 ここで源蔵は、ピンと来た。

 どうやら美彩は源蔵と一夜を明かしたということで、昨晩体の関係があったと勘違いしている様だ。

 確かに、ふたりの男女が夜の一室で共に時間を過ごしたとなれば、そういうことがあったと考えても不思議ではないだろう。

 しかし源蔵は、美彩を介抱する場合を除いては、彼女の体には一切触れていない。

 まずはそのことを納得させる必要があった。


「あのですね、上条さん……さっきシャワー浴びた時、服装、どないでした? 乱れてました? 一回脱がせてから、わざわざ着せ直した様な形跡ありました?」


 美彩は一瞬、呆けた表情を見せた。源蔵の問いかけの意味が、すぐには理解出来なかったらしい。

 ところがしばらくして、彼女は喉の奥で小さくあっと叫んだ。


「そういえば……え、でも、まさか……だってアタシ、昨日酔っ払った勢いで、めっちゃ下ネタ連発してましたし……普通、そんな話したら、大体のオトコのひとって、えっちOKって解釈するんじゃ……」

「よぅ考えて下さい。昨晩の上条さん、下手したらいつゲロぶちまけるか分からん状態やったんですよ。そんなひとと、おいそれとヤれる訳ないでしょ」


 源蔵は苦笑を滲ませながら、コーヒーカップを口元へと運んだ。

 一方の美彩は、それまで以上に顔を真っ赤にして、全身を小刻みに震わせ始めた。

 どうやら、恥ずかしくて仕方が無い様だ。


「ご……ごごごご御免なさい……ア、アアアアアアタシったら、会社の後輩に、あ、あんな恥ずかしい下ネタぶちまけて、勝手に勘違いして……ななな、何やってんだろ……」


 羞恥心に苛まれてすっかり小さくなっている美彩だが、しかし彼女は、昨晩は何も無かったことを理解し、信じてくれた様だ。

 源蔵としては、そこのところさえしっかり認識してくれれば、後はどうでも良かった。


「まぁ確かに、ピルがどうとかって話は女子会とかでしてくれた方が、僕としても気まずい思いせんで済むんですけどね」

「あー、もぅ、マジでサイアク……ホント、御免なさい……アタシ、がっつりお酒入ると、結構何でもかんでもぶっちゃけちゃう癖があって……」


 そこまで分かっているなら飲まなければ良いのに、とも思った源蔵だが、ここ最近のカレシとのいさかいで、きっと彼女も正常な思考が出来なくなっていたのだろう。

 そう考えると、まだ同情の余地はある。


「どのみち、僕はカレシ持ちの女性には手ぇ出したりしませんよ。後でトラブルになった時、面倒臭いですからね」

「あ……そう、なんですね……櫛原さん、結構、しっかりしてらっしゃるんだ……」


 物凄く意外そうな面持ちで、じっと見つめてくる美彩。この強面だから、女遊びが激しいと思われているのだろうか。

 ところが、それからしばらくして、急に美彩がくすっと小さな笑いを漏らした。何か、ツボにはまる様なことでもあったのだろうか。


「でも、何だか……櫛原さんって、お父さんみたいですね。アタシと、10歳も離れてないのに……」

「あー……そーゆーことですか」


 この時、源蔵は美月の顔を思い浮かべていた。

 そして改めて、目の前の美彩に視線を戻す。

 昨晩、妙な既視感を覚えていたのは、このことだったのか――源蔵は初めて美月と会った時を思い出した。彼女が住んでいたアパートの一室は、昨晩の美彩の部屋と同じく、相当な荒れっぷりだった。


(神崎さんのダメンズメーカーと、美月の汚部屋生活を両方ひっくるめた様なひとやな……)


 今、源蔵の目の前に座っているバリキャリウーマンは、操と美月の悪い面を同時に持ち合わせている様な女性だった。

 だから、昨晩の源蔵はどうしても彼女を捨て置くことが出来なかったのか。

 何故美彩を放っておくことが出来なかったのか、ここで初めて源蔵は己の心境を理解した。

 しかし、美彩は飽くまでも仕事上の先輩だ。しかもカレシ持ちである。これ以上、源蔵が彼女のプライベートに深く足を突っ込む訳にはいかない。

 源蔵は食べ終わった食器を片付け、手早く洗い終えると、早々に帰り支度を整えた。

 その間、美彩は物凄く複雑そうな面持ちだった。何故かその瞳には、未練を思わせる感情が滲んでいる。


「ほんなら僕は、そろそろ失礼します。あんまりお節介なことはいいたくありませんけど、お部屋は定期的に掃除した方が良いですよ。体に悪いですしね」

「はい、そうする様にします……それにアタシ、踏ん切りつきました」


 この時、美彩は妙に吹っ切れた様な笑顔を見せた。


「世の中には、櫛原さんみたいに仕事も家事も何でも出来るイイひとが居るのに、何でアタシってば、良亮みたいな顔だけのサイテーな男にこだわってたのか……何だか馬鹿馬鹿しくなってきました」

「今のは、聞かんかったことにします。では、また会社で」


 それだけいい残して、源蔵は美彩の部屋を辞した。

 その背中に、美彩の声が追いかけてきた様な気もしたが、敢えて黙殺した。

 美彩は飽くまでも、仕事上の先輩後輩の間柄だ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。

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