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82.ブサメン、平謝り

 ダイナミックソフトウェア株式会社に中途採用で入社してから、一カ月程が経過した。

 源蔵は櫛原厳斗として、冴えない中年男という体でソフトウェア設計部門に配属され、そこで自社開発ソフトの評価業務を担当している。

 白富士インテリジェンスでは難解な設計を数多く手がけてきた源蔵にしてみれば、評価業務はただ指示された通りの評価作業をしていれば良いだけに、非常に楽な毎日を送ることが出来ている。

 時折散見される不具合も、頭の中では、


(ああ、あの辺でバグっとんな)


 と簡単に推測するものの、そんなことはおくびにも出さずに淡々と結果だけを設計担当にフィードバックするばかりであった。

 ところで、このダイナミックソフトウェアでは少し変わった制度が採用されている。

 先輩社員と後輩社員がふたりでひとつのチームを組み、お互いに補助し合って業務を進める『バディ制度』なるものが導入されていた。

 ひと言でいってしまえば連帯責任制度だが、そこに先輩後輩の縦の関係を持ち込み、お互いに業務量を調整しながら助け合うシステム、ということらしい。


(何か、面倒臭いことやってんなぁ……)


 入社当初、源蔵は何故こんな制度を採用しているのかがさっぱり理解出来なかったが、ここ一カ月程の間、その運用内容や各社員の立ち位置を見ていると、その意図が何となく透けて見えてきた。


(あー……要するに、他のソフト開発会社との社員意識の差別化か)


 この会社は新卒採用と中途採用が、凡そ半々ずつの割合らしい。つまり、他社での業務経験を持つ社員が半数近く居るという訳であろう。

 そこで経営陣が中途採用社員の定着化を狙って、先輩後輩の関係性を築くことで自主退職を防ごうと考えているらしい。要は、情が生まれれば会社を辞めにくくなるだろうという狙いの様だ。


(まぁ……人間関係に疲れて転職するひとも少なくないやろうから、一定の効果はあるんやろうけど……)


 しかし源蔵個人に限っていえば、別に他所で疲弊したからここに入社したという訳でもないから、余り意味が無いといえば、それまでである。


(会社の制度やから従うけど……あんま意味無いよなぁ)


 内心で苦笑を漏らしつつ、自身の先輩に当たる社員とチームを組んだ源蔵。

 それで経営陣が満足するなら、幾らでも付き合ってやろうと腹を括った。

 ところが、源蔵の先輩として一緒にチームを組んでいる相手が、少しばかり特殊だった。


「あ……おはようございます、櫛原さん……」


 朝、いつもの様に出勤してきた源蔵に、恐ろしく疲れ切った様子で挨拶の声をかけてくるのは、大卒入社の三年目である上条美彩(かみじょうみさ)だ。

 レッドブラウンのロングレイヤーボブはいつもきっちり手入れされていて、少しばかりエロティックな雰囲気さえ漂わせている。

 顔立ちも非常に整っており、社内の若手男性社員からは何かと声をかけられることの多い女性だ。

 学歴も高く、技術力とプライドも高いという美彩。まだ三年目ではあるが、早くも課の主力として周囲の同僚を引っ張っている実力派だった。

 その美彩が、源蔵とバディ制度を組む先輩社員だった。

 年齢だけを見れば美彩の方が遥かに若いが、このダイナミックソフトウェアという会社内に於いては間違い無く彼女の方が出来の良い先輩ということになる。

 このバディ制度に於ける先輩社員の位置づけは三年目から、ということになっており、美彩は今年初めて、後輩から先輩に立ち位置を変えたことになるらしいのだが、その初年度の相手が禿げでブサメンの冴えない中年男ということで、相当にモチベーションが下がっている様にも見える。


(いやはや……申し訳ないことしてしもたな……)


 源蔵は内心でひたすら謝り倒しながらも、外面的には平静を装って大人しく美彩の下に就いて日々の業務を進めていた。


(まぁこんな綺麗なひとやから……そらぁやっぱり、イケメンの後輩君とバディ組みたかったやろうな)


 自席に鞄を置きながら、源蔵は別のデスクにちらりと視線を流した。

 そこに、源蔵と同じタイミングで中途採用された顔立ちの良い青年が座っている。榎田祐司(えのきだゆうじ)という若者で、歳は美彩とほぼ同じぐらいか。

 彼もまた源蔵と同様にバディ制度上の先輩社員と組んで業務に当たっているが、その祐司と組んでいるのがやけに体の小さい女性社員だった。


(上条さんからしたら、自分があのイケメンの世話すべきやのにぃ……とか思うてはるんやろな)


 誰にも気づかれぬ角度で静かに苦笑を浮かべながら、今日の作業予定を確認する源蔵。

 美彩は評価ではなく、設計を担当している。

 つまり直接携わる業務内容は異なるのだが、扱うモジュールは同一だった。

 それ故、評価内容に関する諸々の指示は毎回彼女から提示される訳だが、この日もいつもと同じ様に、今日やるべき作業内容がチャットアプリ上で展開されていた。

 その指示者たる美彩が、相変わらずの能面の様な無表情で源蔵の机に歩を寄せてきた。


「櫛原さん、今日は週一の面談がありますので……時間の方、間違えない様にお願いします」

「あぁ、はい。わざわざ、ありがとうございます」


 源蔵は差し出されたメモを受け取り、その紙面上にさっと目を通した。


(午後一か……あんまりのんびりしてられんな)


 過去何回かの面談は定時前だったというのに、今回は何故か相当に早い時間だ。

 或いは、定時後に何か用事があるから、この日は早めに面談時間を組んだのだろうか。

 そういえば、今日の美彩は随分とめかし込んでいる様にも見える。もしかしたら、退社後にカレシとデートなのかも知れない。


(あー……それなら、時間食う作業は定時前に置きたくないやろな)


 源蔵は、美彩との面談ではいつも少しばかり時間オーバーしていることを思い出した。

 凡庸で使えない男を演じる為に、面談では敢えて何も分かっていない風を装っている。その為、質問する内容をわざと増やしており、結果的に予定時間をオーバーすることが毎度の様に起きていた。

 彼女は今回、その影響を避けようとしている訳だろう。


(いや、ホントに御免なさいね……)


 またもや内心で平謝りの源蔵。

 別に悪気があってやっている訳ではないのだが、チームを組んでいる相手に迷惑をかけているとなると、流石に申し訳無さの方が先に立ってしまった。


(ちょっと今後は、やり方変えよ……)


 いつまでも、美彩に迷惑をかけ続ける訳にはいかない。

 源蔵は、これからは少しばかり本来の力量を発揮する方向に舵を切った。

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