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80.ブサメン、現実世界版の異世界転生に挑む

 闇の中から、浮上する様な感覚――源蔵はゆっくりと瞼を押し開いた。


(……ここは……病院?)


 一体何故こんなところに、と思考が動き始めたところで、すぐにあの時のことを思い出した。

 そうだ、自分は撃たれたのだ。

 なのに今、こうしてベッドに寝かされ、様々な医療機器に全身を繋がれている。

 ここで漸く源蔵は、命を取り留めた事実に思い至った。

 あの後、誰かが自分を助けてくれたのだろう。でなければ、ここは死の間際の中に在る夢の世界ということになる。

 だがシーツの肌触りや、定期的に聞こえてくる医療機器の機械音から察するに、これは現実だ。

 であれば、矢張り自分は助かったのだろう。

 そしてそこかしこに視線を走らせる。幾つかの文字が見えたが、いずれも英語だ。ということは、ここはアメリカ国内の病院と考えて良さそうだ。

 この後、意識を回復させた源蔵の姿に気付いた女性看護師が、担当医らしき中年の医師を連れてきて、源蔵の状態を色々と調べ始めた。


「ミスター楠灘、実は貴方と会いたいと申し入れている方々がいらっしゃいます。しかしながら、貴方の回復状態を診て面会可能かどうかを我々で判断します。それまではゆっくり休んで下さい」


 担当医は妙ないい回しで、そんなことを告げてきた。

 会社の誰かか、或いは美月辺りが渡米しているのかとも思ったが、しかしこの担当医の口調には不思議な緊張感が漂っていた。

 そしてその理由は、その日の夕刻にはすぐに分かった。

 担当医の判断で面会可能となったらしく、ふたりの見知らぬ男性がいの一番に姿を現したのである。

 彼らは、アメリカ連邦捜査局の捜査官だと名乗った。


(FBI? 何でまた、そんなひとらが?)


 源蔵は頭の中で幾つもの疑問符を並べた。

 が、捜査官のうちのひとりが、驚くべきひと言を放った。


「実は貴方への銃撃に使われた拳銃はその線条痕から、或るテロリスト集団が使用しているものと判明したのです」


 曰く、そのテロリスト集団というのは、FBIが長年追跡している過激系サイバーテロ集団であるという話だった。

 しかし何故、そんな連中が源蔵の命を狙ったというのだろうか。


「貴方が白富士インテリジェンス北米支社で、責任者として携わっているネットワーク解析ソフトウェア……連中はそれを改良したハッキングソフトを使って国防総省にハッキングを仕掛けています。しかし、貴方の知識があれば、奴らのハッキングを完全に阻止することが出来るばかりか、逆に追跡して連中を一網打尽にすることも可能でしょう」


 源蔵は喉の奥で、ごくりと息を呑んだ。

 まさか、自分が携わっているソフト開発が、そんな物騒な場面に関わっていたとは思いもよらなかった。

 が、捜査官の説明によれば、北米支社内の社員の誰かが、そのテロ集団と関わりを持っているらしいところまでは突き止めており、あともう一歩という段にまで迫っているのだという。


「そこで、貴方には色々とご協力頂きたいのです……まず、貴方を撃った犯人。そいつに、心当たりはありませんか?」


 ここで源蔵はゆっくりと瞼を閉じた。

 あの夜、自分を撃った目出し帽の男――顔全体は分からなかったものの、特徴のある目つきと唇に、源蔵はひとりだけ思い当たる人物を脳裏に浮かべた。

 渡米直後、組織体制の抜本的な見直しの際に解雇した、出来の悪い技術社員だった。

 中々特徴的な顔つきで、その目元や口元だけでも簡単に判別が出来そうな人物である。源蔵は迷わず、その男の名を告げた。


「何と……見事な記憶力ですね。しかし、助かりました。その男を足掛かりにすれば、一斉検挙も夢ではありません」


 ふたりの捜査官のうち、若い方の男が幾分興奮気味に何度も頷き返していた。

 源蔵としても、是非そうして貰いたいと願った。自分が携わったソフトウェアが国家の危機に一枚噛んでいるなど、考えたくもなかった。


「ところでミスター楠灘……貴方にひとつ、提案があるのですが」


 年配の捜査官が、神妙な面持ちで源蔵の顔をじっと覗き込んできた。何か、余り良くない話の様に思える。

 源蔵は心の内で静かに身構えた。


「証人保護プログラムの適用を是非、お勧めします。奴らは恐ろしく過激で執拗な連中だから、間違い無く、貴方に報復を仕掛けようとするでしょう」

「そんなに、ヤバい連中なんですか」


 思わず喉の奥で唸った源蔵。

 だが、ほとんど迷いは無かった。自分が生き残ってテロ集団に狙われるということは、日本に残してきた大事なひとびとにも類が及ぶかも知れない。

 それだけは絶対に避けたかった。


「楠灘源蔵は死んだことになるんでしょうか」

「形としては、そうなりますね」


 ということは、源蔵は新しく得るであろう名前と地位で、第二の人生を始めることになる訳か。

 しかし捜査官は、生活面では心配しなくて良いとも語った。


「貴方がソフトウェア解析の面でも協力して下されば、我が国は最大級の生活支援をすることをお約束します。日本円に換算して、凡そ3000万から5000万円程度の年収を、生涯に亘って受け取ることが出来るでしょう」


 成程――つまりはそれだけ、件のテロ集団はアメリカ政府にとっては厄介な敵だという訳か。

 それだけ貰えるのならば、静かに暮らしてゆくことも出来るだろう。

 が、源蔵にはひとつだけどうしても譲れない部分があった。


「出来れば、第二の人生は日本で送りたいのです。証人保護プログラムの運用で、それは可能ですか?」

「そう……ですね。検討致しましょう」


 年配の捜査官は一瞬だけ渋い表情を浮かべたが、しかしすぐに頷き返してきた。

 恐らく、源蔵の要求を呑まねばならない程に差し迫った状況なのだろう。

 だが、これで良い。

 自分はアメリカで死んだ。美月も、操も、そして会社の皆も、源蔵のことは忘れて自分達自身の為の人生を歩んでくれれば良い。

 そして源蔵自身も、彼ら彼女らとは全く無縁の、異なる人生を送る。

 経済的にも何の心配も無いというのであれば、これが一番丸く収まる方法だろう。


「承知しました。では、証人保護プログラムの申請をお願いします。勿論、僕も貴方達に最大限協力し、テロ集団の壊滅、摘発に尽力致します」


 その瞬間、楠灘源蔵という男はこの世から消えた。


(何か……異世界転生の現実版みたいな話やな)


 身ひとつでそれまでとは全く違う世界での生活を始めるという意味に於いては、いい得て妙かも知れない。

 源蔵は内心で苦笑を禁じ得なかった。

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