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78.バレてしまった雇われシェフ願望

 源蔵が杉村総合商事株式会社の筆頭個人株主となってしばらくした後、社長の杉村氏が何人かの幹部を引き連れてわざわざ源蔵の自宅まで挨拶に訪れたのだが、その際彼は、息子の幸俊と娘の美代が何か粗相をやらかしたのではないかと随分気にする素振りを見せていた。

 恐らく杉村氏は、自身の子供達が源蔵やその周辺のひとびとに対し、敵対的な行動を取ったであろうことを密かに感じ取っていたのだろう。

 しかし源蔵はただ穏やかに笑うばかりで多くは語らなかった。

 その源蔵の笑みがより一層のプレッシャーとなったのか、杉村氏は子供達にはしっかりいい聞かせておくという意味合いの言葉を残して、源蔵の前を辞していった。


(まぁ、僕に実害があった訳ちゃうしな……軽くお小言喰らうだけで済むんとちゃう?)


 そんなことを思いながら杉村氏一行を見送った源蔵。

 その面会の席に同席していた美月は、事情を全く知らない為、ただただ不思議そうな面持ちを源蔵と杉村氏の双方に向けるばかりであった。


「でもお父さんって、お金使う時はホント、ぽーんと気前良く使うよね」

「ただ持ってるばっかりやったら、宝の持ち腐れやしな」


 源蔵は、美月にも相当な額の投資をしてやらねばと思っている。

 血は繋がっていないし、年も親子ほど離れている、という訳でもない。それでも源蔵にとっては、美月は唯一の家族だ。

 彼女を本当の娘として、ひとり立ち出来る段になるまでしっかり育てていこうと腹を固めている。将来的には己の持つ資産を全て彼女に譲ってやっても良い。

 尤も、50億を超える巨額の資産をいきなり渡されても困るだろうから、彼女には少しずつ、金の使い方や資産の管理方法などを伝授してゆかなければならないだろう。


(まぁ、結婚したら奥さんに資産の半分は……という話にもなるんやろうけど、どうせ僕が結婚なんて出来る訳ないしな)


 ふと頭の中に、操の美貌が浮かんだ。が、すぐに消した。

 操は飽くまでも、偽装カノジョだ。たった一度、酔った勢いで体を重ねたぐらいのことで、カレシ面するのは余りにも痛々し過ぎるだろう。


(いずれあのひとはあのひとで、最愛の伴侶を見つけて良い結婚しはるやろうしな)


 源蔵としては、本当のカノジョとして操と付き合うことが出来れば、これ以上に嬉しい話は無いとも思っている。が、それは所詮、幻想だ。己の勝手な妄想に過ぎない。

 自分は非モテのブサメンなのだから、そんな希望を抱くことすらおこがましいというものであろう。

 そういう意味では、美月を養女に迎えることが出来たのは僥倖だった。

 結婚を諦めていた男が、己の持つ莫大な資産を受け継がせる相手が見つかったというのは、奇跡といっても良いかも知れない。

 だからこそ美月には、彼女が望む人生を歩んで欲しいとも思う。


「そいやぁ美月、調理師学校の入学手続きとか諸々は、もう済んでるんかな?」

「うん、全部ばっちり終わってるよ……楽しみ楽しみ~」


 夜のリビングでコーヒーカップを両手で抱えながら、美月は心底嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 もしも彼女が自分の店を持ちたいといえば、源蔵はその為の準備金も出してやる腹積もりだった。或いは源蔵自身が美月の店で、雇われ調理師となって腕を振るっても良い。

 そうなれば、白富士インテリジェンスを辞めることにもなるのだろうが、統括管理課は順調な滑り出しを見せており、源蔵が居なくとも十分にやっていけるであろう目星がつき始めていた。


(まぁそれも、もっと先の話やろうけどな……)


 そんなことを考えながら、源蔵は美月をそっと見遣った。彼女は、この春から通う調理師学校のパンフレットを開いて、嬉しそうに頬を緩めていた。


「美月は何がやりたい? フレンチ? イタリアン? 和食?」

「ん~……何でも出せる町の洋食屋さんかなぁ」


 成程、と源蔵は頷き返した。

 美月はフォーマルな雰囲気ではなく、ざっくばらんとした家庭的な雰囲気を好む性格だった。そうであれば確かに、町の洋食屋さんというのは彼女にとって最適解かも知れない。


(うん……エエんちゃうかな)


 そしてその厨房の裏で、黙々とフライパンを振るっている自分の姿を思い描いてみた。

 中々悪くない将来像だった。


「美月が店出したら、僕雇ってや」

「えー、お父さんどっちかっていったら、オーナーシェフじゃないの?」


 寧ろ雇われシェフは自分の方だと笑う美月。

 確かに資金を出すのは源蔵だから、そういう格好になるのか。しかし出来れば、店長は美貌の娘である美月に務めて貰いたい。強面スキンヘッドの源蔵では、客足が遠退く様な気がしてならなかった。


「いや、金出すのは僕やけど、店長は美月の方がエエって……僕が表に出たら、皆逃げてまう」

「あはは……お父さん顔いかついもんねー」


 そこは否定しない美月。

 こうして源蔵の容姿を気軽にイジってくれる様になったのも、いうなれば彼女が源蔵の娘として相当に馴染んできた証拠であろう。

 源蔵にとっては、何より嬉しい瞬間だった。


◆ ◇ ◆


 ところが、予想外の事象が源蔵の身に降りかかってきた。

 翌日、出社した源蔵を玲央が朝一で室長室に呼びつけてきたのである。

 一体何事かと小首を捻りながら足を向けると、そこで源蔵は思わぬひと言を浴びせられる破目となった。


「楠灘さん……急な話で大変申し訳ないんですが、半年程、北米支社に出向願えませんか」

「それはまた、本当に急ですね」


 どうやら北米支社の開発実績が思わしくない状況らしく、緊急のテコ入れが必要だという話の様だ。

 そこで会社経営陣は、総合開発部の体制と実績を劇的に改善させた統括管理課の在り方に着目し、その課長である源蔵の手腕に賭けたいという意向を示しているらしい。

 経営陣からそれ程の期待と信頼を寄せられているというのは悪い話ではなかったが、しかし本当に自分なんかで良いのだろうか。

 美醜にこだわる白藤家の家訓とやらに一抹の不安を抱いた源蔵だったが、その点は心配するなと玲央は穏やかに笑った。


「楠灘さんの存在感は、一介の課長とはいえない程の威光を放っています。寧ろ白藤家の方から、楠灘さんに白羽の矢を立ててきたんですからね。そこはご安心下さい」


 そんな訳で、源蔵は半年間の北米支社出向をいい渡される運びとなった。

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