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76.バレてしまった心配性

 源蔵がリロードの裏口から二階住居部に向けて階段を駆け上ってゆくと、操が驚いた様子で部屋着姿のまま廊下に飛び出してきた。


「楠灘さん……どうなさったんですか? その……美代は? 御一緒じゃなかったんですか?」

「その件について、色々お聞きしたいので帰ってきました」


 尚も驚いたままの操を室内に押しやると、源蔵はベッド脇のちゃぶ台に腰を下ろしながら、操が出してくれたペットボトルのミネラルウォーターを一気に半分程、喉の奥へと押し込んだ。

 その間、操は幾らか唖然とした様子で目を白黒させている。

 源蔵は漸くひと息ついたと大きな吐息を漏らして、苦笑しながら剃り上げた頭をぺたぺた叩いた。


「んで、あの後ですね……」


 外套を脱いで傍らに放り投げながら、源蔵は美代と共にリロードを出た後の顛末をひと通り説明した。

 すると操は、やっぱりそういう風に迫ってきましたかと申し訳無さそうな表情で僅かに俯いた。


「やっぱりってことは、予測はされてたんですか?」

「はい……あの子は前から、そうなんです。何かにつけてわたしと張り合おうとするっていうか、わたしが誰かと付き合おうとすると、必ず横槍を入れようとしてくるんです」


 これは一体、どういうことなのか。

 源蔵は腰を据えて操の言葉に耳を傾けた。

 曰く、操と美代は、中学生辺りまでは本当に仲が良かったらしいのだが、ふたりの関係に変化が生じ始めたのは高校になってからだという。

 当時、美代は或る同級生男子に惚れに惚れ、その男子と絶対に恋仲になりたいと頑張っていたという。

 ところがその同級生男子は、こともあろうに操が好きだったらしいのだ。その為、美代がその同級生男子に告白しても敢え無く撃沈し、更に今度はその同級生男子が操に告白してくるという面倒な展開となった。

 しかし操は、あの頃は特定の誰かと付き合うという意思は持っておらず、その同級生男子からの告白に対してNoを突きつけた。

 このことが、どうやら美代からの逆恨みを買う結果となったらしい。


「それからというもの、あの子は何かと、わたしと張り合う様になって……というか、もうほとんど、目の仇っていった方が正しいですね」


 しかし表面上は決して操に喧嘩を売る様な態度は取らず、依然として幼馴染みとしての良好なポーズを取り続けているというのである。

 恐らく美代は、操がその思惑に気付いていることも理解しているのだろう。

 寧ろ、分かった上で尚も仲良し幼馴染みという態度を貫いているものと思われる。操が美代に対し、絶対に敵意を持つことがないことを見越した上での考えなのだろう。


「絶対に敵意を持たないとは、どういう訳なんです?」


 どうやらそこがポイントだと源蔵は咄嗟に理解した。

 いわれてみれば操は、自由奔放な程に傍若無人に振る舞う美代に対し、何ひとつ抵抗する素振りを見せていなかった。

 操の側に、何か耐えなければならない事情があるのだろうか。


「美代は地元の或る総合商社の、社長の娘さんなんです」


 その総合商社は幾つもの子会社を抱えているのだが、そのうちのひとつが、操の父が経営する個人商社だというのである。

 つまり操と美代は幼馴染みではあるものの、親の代では明らかな上下関係が成立しているという話だった。

 美代の父は、操の父や操自身に対しても気さくに接してくれる本当に素晴らしい人物だが、美代自身はその立場を大いに利用して、操に圧力をかけているというのが現状だという。


「わたしが下手に逆らったりすれば、父の会社に何か不利益なことが起こるかも知れません……そう考えると、わたしは美代に何もいえなくて……」


 尚、操の父の会社は操の兄が後を継ぐことになっており、依然として操の家族は親会社の影響下に置かれ続けることになるのだという話だった。

 ここまで聞いて源蔵は、成程と頷き返すしかなかった。

 もしも美代が、リロードを潰す様な敵対行為を取るのであれば、源蔵自身にもそれなりに考えはある。だが美代が飽くまでも操のプライベートな部分だけに関わろうとするだけならば、どうであろう。

 操は偽装カノジョであり、本当に付き合っている相手ではない。

 そんな彼女の為に、源蔵はどこまで手を差し伸べるべきであろうか。

 少なくとも操の元カレだった健一は直接源蔵に攻撃を仕掛けてきたから、源蔵にも火の粉を振り払う大義名分はあった。

 が、美代は違う。源蔵に対しては好意的な態度しか見せていない。

 それだけに、中々厄介な相手ともいえるだろう。


「どうなされますか? 神崎さんご自身で対処出来ますか?」

「……出来る出来ないではなく、わたし自身で何とかしなくちゃいけない話だと、思ってます」


 操は苦しげに呻いた。

 そして更に彼女は、もっと厄介な相手が居ると低く唸った。


「美代には年子の兄が居るんですけど、彼とも私は幼馴染みでして……」


 その美代の兄とは、高校の頃に少しだけ付き合っていたことがあるという話だった。


「物凄く独占欲の強いひとで……余りに行き過ぎたことが多かったので、わたし、怖くなってすぐに別れちゃったんですけど……」


 ところが、その美代の兄が近々、こちらへ足を運んでくるのだという。

 どうやら美代が、自身の兄に操の現況を伝えたという話らしい。


「けど、もう別れはったんでしょ?」

「はい、わたしは、そのつもりですけど……」


 その口ぶりに、源蔵はピンときた。

 もしかすると美代の兄は、まだ操を諦めていないのかも知れない。

 それはそれで、面倒な話だ。今の操は偽装とはいえ、源蔵のカノジョという立場を周囲に対して明らかにしている。

 そんな状態で美代の兄が踏み込んできたならば、操自身に良からぬ噂を立てられてしまうかも知れない。

 そうなれば、リロードの経営にも翳が差すことになる。


(ちょっと考えなあかんか)


 まだ美代の兄が実際に何かをしでかした訳ではないが、色々と想定して事前対策を講じておいた方が良い様な気がした。

 源蔵はあれこれと思考を巡らせ始めた。その彼の渋い顔を、操は心配げな表情で見つめてくる。


「あの、楠灘さん……これはわたしの問題なので、楠灘さんがそこまで気に病んで頂く必要は……」

「申し訳無いですけど神崎さん、僕は結構心配性でしてね。神崎さん個人の話ではあるんでしょうけど、それがそのままリロードの経営に響くんなら、僕は黙っとくつもりはないです」


 この時、操は心底申し訳無さそうな表情ではあったが、その瞳の奥にはどこか安堵の色が見え隠れしている様にも思えた。

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