69.バレてしまった天敵
結局、源蔵は操の猛烈な勢いに押されまくった結果、明日から偽装カノジョの役を引き受けて貰う運びとなった。
それにしても、全くの予想外な展開だった。
(僕みたいな不細工相手に、神崎さん程の美人があんなぐいぐい来るもんか、普通……)
リロードからの帰路、源蔵は何度もひとりで首を捻っていた。
操は源蔵の手を握っただけでは収まらず、更には大きくて柔らかな胸を押し付けて迫ってきたのである。そのパワーに、源蔵は完全に気圧されてしまった。
或いは操のダメンズメーカーとしての素養が、あの場面で働いたのかも知れない。
男を甘やかし、徹底的にダメンズへと落としてしまう彼女の母性が、源蔵を助けたいという思いに繋がったのだろうか。
(まぁ、それも無きにしも非ずか)
矢張りどうにも、腑に落ちない。
操ぐらいの美女が、源蔵の如き不細工を本気で相手にする筈がない。であれば、あれは世話になった男に対する恩返しの気分から出た行動であろう。
そこにダメンズメーカーの母性が更に加わったものだから、あんなにも積極的にぐいぐいと迫ってきたものと思われる。
(拙いな……ここは絶対、勘違いしたらあかんとこやねんけどな)
正直、源蔵も自信が無かった。
このままでは本当に、操に惚れてしまうかも知れない。
しかし、操を異性として好きになるということは、その後に恐ろしい地獄が待っているかも知れないということでもある。
(またあの時と同じ様に、痛い目に遭わないかんのか)
過去三度の手酷い失恋を、再び繰り返すことになりかねないか。
考えれば考える程、心が重くなる。
(いやいや、今回は飽くまでも偽装や。それ以上のことは考えるな)
そう自らにいい聞かせながら、源蔵は自宅マンションへと帰り着いた。
そうしてリビングへと足を運ぶと、ソファーに寝そべってタブレットを操作していた美月が、いつもの元気な笑顔で出迎えてくれた。
「お父さん、おかえりー……って、何だか暗いね。どしたの?」
「あー、ちょっと色々御座いましてな……」
死にそうな顔になっている源蔵に対し、美月は不思議そうな面持ちで小首を傾げた。
「うちに相談したら、何とかなりそ?」
「うーん、どうやろう。僕も初めて遭遇する問題やからなぁ」
尚も死人顔で溜息を漏らす源蔵に、美月は困惑の色を返してきた。
話してどうにかなる問題なのかどうかすら、判別がつかない。
源蔵自身、まさか女性相手のことでここまで頭を悩ませることになろうとは、思ってもみなかった。
とはいうものの、黙っていたままでは何の進展も無い。ここで源蔵は偽装カノジョを操に引きけて貰うことになったいきさつを手短に説明した。
最初は何の気無しな調子で耳を傾けていた美月だったが、操が偽装カノジョを引き受けた辺りのくだりになると、随分嬉しそうな笑みを浮かべる様になっていた。
「え、良かったじゃん! 操さんがカノジョなら、うちも嬉しい!」
どうやら操の母性は、美月に対してもかなり強力に作用しているらしい。
実際美月は、リロードを訪れた際には操と話している時間が最も長いのではないかと思える程に、よくふたりで顔を突き合わせて言葉を交わしている。
その操が源蔵の偽装カノジョとして動くということに対して、美月は絶対に上手くいくとよく分からない論理で太鼓判を押していた。
「ぜーったい、上手くいくって! 何ならそのままモノホンのカノジョになってくれたらイイんじゃない?」
「それはそれで、どうなんやろう」
源蔵は操の過去の男遍歴を考えると、どうにも不安ばかりが首をもたげてしまう。
その最大の理由が、操のダメンズメーカーな素質であった。
「神崎さんって基本、だらしない野郎が好みらしいからな。んで、そういう連中を世話してやんのが生き甲斐なんやと思う。僕は生憎、ヒモみたいな思考は持てんからな。いうたら、神崎さんの好みの男とは正反対な訳やから、そのうち嫌になってくると思う」
「えー、そうかなー?」
源蔵の言葉に、美月は納得がいっていない様子で眉を顰めた。
美月には美月の操像というものがあるのかも知れないが、操が過去に付き合って来た男はいずれも揃ってダメンズと化していた。
その事実がある以上、源蔵とてそう簡単に己の持論を引っ込めることは出来ない。
しかしどういう訳か美月は、大丈夫だ任せろなどと、根拠も何もよく分からない自信をちらつかせて、その豊満な胸を自慢げに反らせた。
「もし操さんがお父さんを裏切ったりしたら、うちが速攻で刺しに行くから」
「いや、そーゆー物騒なのはあかんて」
本気とも冗談ともつかない美月のひと言に、源蔵は渋い表情を返した。
美月は随分と源蔵に懐いてくれている様だから、下手をしたら本当に刺しに行くかも知れない。
「まぁ今は飽くまでも偽装やからな、偽装。本気で付き合う訳やないから」
「ん~……でもお父さん、ホントは操さんのこと、ちょっとは好きなんじゃない?」
中々鋭いところを突いてきた美月。
若いながら、侮れない。これもオンナの勘というやつか。
だが事実、源蔵は操を好ましい女性として捉えている。
これが本当に異性として意識する切っ掛けとなってしまう可能性もある為、源蔵自身大いに警戒している部分でもあった。
「やっぱりあかんわ。ホンマに好きになんかなってしもたら、後がしんどい」
「えー? どーして? 男子が女子を好きになるのが、どうして駄目なの?」
美月は心底理解出来ないといった調子で、怪訝な表情を向けてくる。
流石にこればかりは、彼女には分かって貰えないだろう。
源蔵が抱える恋愛への恐怖と警戒感は、不細工であり、且つ地獄の様な失恋を経験した者でなければ絶対に理解も共感もして貰えない。
美月がその美貌に困った様な色を浮かべても、これだけは本当に伝え切るのは困難だろう。
「僕はいうたら、神崎さんの天敵みたいな存在やから」
「何それ……恋愛に天敵とか、あったりするの?」
本気で意味不明だと顔を顰める美月。
しかし源蔵は、絶対にそうだと信じて疑わなかった。




