68.バレてしまった押しへの弱さ
昼食時の地下フードコートで源蔵は康介、詩穂のふたりと同じテーブルに陣取っていた。
この日源蔵が選んだのはラーメン定食だったが、康介はトッピング色々な牛丼大盛り、詩穂はハンバーガーセットにデザートまで付けて、三人揃ってまるで学生の様な高カロリー飯に挑んでいる。
内心でチョイスを失敗したかと軽く後悔しつつ、源蔵は手早く麺をすすり始めた。
最初の内は午後からの予定について確認しながら箸を進めていたが、そのうち話題も無くなり、黙々とそれぞれ注文の品を胃の中へと放り込んでゆく。
そうしてそろそろ食事を終えようかという段になって、康介がふと思い出した様子で問いかけてきた。
「そういえば全然話変わりますけど、課長、最近やたらと合コンの誘いが多くないですか?」
「あー、やっぱりそう思います?」
源蔵は最後の麺を喉の奥に押し込みながら、小さく頷き返した。
実はここのところ、社内の女性社員や以前の同僚から合コンの打診が妙に連続している。
しかも、源蔵と康介セットでの御指名だった。
時間の都合がつかないと断り続けている源蔵だったが、康介も何かと理由を付けて丁重に躱し続けているという話だった。
「急にどないしたんでしょうね?」
さっぱり意味が分からず、箸を置いてから腕を組んで小首を捻る源蔵。
すると意外にも詩穂が、
「マッチングアプリなんか使ってるからですよ」
などと想定外のツッコミを入れてきた。
源蔵と康介はぎょっとした顔を同時に詩穂へ向けた。
何故彼らが揃ってマッチングアプリを使っていることが、社内に知られているのか。
「えー、そんなの普通にバレてるみたいですよー? だって課長も梨田さんも、結構場所とか気にしないで、そーゆー話しまくってるらしいんで」
「……ちょっと無防備過ぎましたか」
源蔵は鼻の頭に皺を寄せて渋い色を浮かべた。
社内で康介とこの手の会話を交わす際は結構周りを警戒していた筈なのだが、それでも漏れてしまうというのは余程に目立っていたということだろうか。
康介も、こいつは参りましたと微妙な表情で頭を掻いている。
詩穂曰く、源蔵も康介も独身且つフリーな男性社員としてはかなりの高スペックだということで、色んな部署の女性社員が密かに狙っているというのである。
本当にそんなことがあり得るのかと、源蔵は半信半疑の視線を詩穂に返した。
「うちの会社、無駄に美人さん多いから、ちょっと困るんよなぁ」
美女は大体不細工を裏切るものだと信じ切っている源蔵としては、社内の美麗な女性に目を付けられるのは正直、余り嬉しい話ではなかった。
一方の康介も、美人は基本浮気する生き物だという考えに凝り固まっており、こちらも同じく社内の余り知らない女性達とのお付き合いは御免蒙りたいと漏らしていた。
「勿体無いなぁ……おふたりとも選り取り見取りなのに」
「いや、付き合ってからの方が怖いんですよ」
不服そうに唇を尖らせる詩穂に、源蔵は尚も渋い表情のままでかぶりを振った。
するとここで彼女は急に何かを思いついたらしく、そうだといいながら両掌を軽く叩いた。
「んじゃあ、偽装カノジョとかどうです? あたしで良かったら、お手伝いしますよ?」
「それは何ぼ何でも坂村さんに悪いですよ。カレシさんに変な誤解与えたらどうするんですか」
ところが詩穂は、カレシなんて居ませんと即答を返してきた。
彼女程の美人に付き合っているオトコが居ないというのは、それはそれで信じ難い話だった。
しかし詩穂曰く、カレシが居ないのは本当に事実なのだという。
「だってあたし、同人誌作るのに忙しいから、その辺の男が喜びそうな遊びとか全然、興味無いですもん」
「あー、成程……」
つい納得してしまった源蔵。いわれてみれば、詩穂はそっち方面に全力を注いでいる人種だった。
しかし、流石に源蔵が詩穂を偽装とはいえカノジョに迎えるのには問題が多い。直属の上司と部下が男女の仲になったとあれば、業務上で色々と変な軋轢が生じる。
「お気持ちは有り難いんですけどね……梨田さんとか如何です? 坂村さんとはそんなに無茶苦茶歳も離れてへんし、良さげやと思いますけど」
話を振られた康介は、本当に良いんですかといわんばかりに目を丸くしている。
対する詩穂は、
「えへへ……全然おっけーですよー。梨田さんには色々助けて貰ってるしー」
と、まんざらでも無さそうな様子。
そういえば康介は確か、プライベートでも詩穂の同人誌即売会関連で色々手伝っているらしいから、案外丁度良いのではないだろうか。
よくよく考えれば、偽装云々を抜いたとしても、この両者は結構良いカップルになる様な気がする。
源蔵は、宜しくお願いしますと詩穂に頭を下げている康介に、内心でエールを送っていた。
◆ ◇ ◆
その日の夜、リロードに立ち寄って操と雑談を交わしていた源蔵は、昼時に成立した詩穂と康介の偽装カップルについて軽く触れてみた。
すると操は、源蔵はどうするのかと妙に熱っぽい口調で問いかけてきた。
「楠灘さんも偽装カノジョ、置いといた方が良いんじゃないですか?」
これに対し、カウンターのストゥールに腰を据えたまま腕を組んだ源蔵。
操の言葉にも一理あるが、そんな役割を引き受けてくれる女性が居るのかどうか。
「んー、そらぁ居てくれた方が助かりますけど……」
そこまで源蔵がいいかけた時、操がカウンター裏から飛び出してきていきなり源蔵の手を取った。
「じゃあ、わたし、やります。楠灘さんの偽装カノジョ」
その勢いに圧され、源蔵は思わず上体を引いた。
しかし操の美貌に浮かぶ真剣な表情には、どこか鬼気迫るものがあった。
「いや、流石にそれは神崎さんに悪過ぎますって」
「わたしが、やりたいんです。どうか、お願いします!」
源蔵の手を握ったままぐいぐい迫って来る操。
(えー……このひと、マジかいな)
源蔵はたじろいだ。女性からの猛烈な押しには意外と弱かった自分に、少し驚いていた。




