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67.バレてしまった会員番号

 インフルエンザから回復し、自宅待機期間も無事に過ごし終えた源蔵は、およそ一週間ぶりに統括管理課のフロアーに足を踏み入れた。

 すれ違うひとびとや課員らは源蔵の回復を喜んでくれたが、中には、


「折角だからもう少し休まれても良かったのでは」


 という意味の言葉を投げかけてくる者も居た。

 源蔵は基本的に、用事が無い限りは有休を取らない。その所為か、普段から余り羽を伸ばしていないという風に見られがちだった。

 その為、彼を知るひとびとはもっと休めと異口同音に勧めてくるのだが、源蔵としては休んだところで特に何をやるということも無く、どこかへ出かけることも無い為、わざわざ有休を取ってのバカンスには余り魅力を感じていなかった。


「課長……病み上がりなんですから、余り無茶しないで欲しいっス」


 復帰初日、定時を迎えても全く帰宅の準備をしようとしない源蔵を見かねたのか、詩穂がわざわざ歩を寄せてきて唇を尖らせながら、そんな忠告を打ち込んできた。

 源蔵は申し訳無いと剃り上げた頭を掻きながらも、しかしまだやることが残っていると苦笑を滲ませた。

 とはいえ、多少の休憩は必要だ。

 詩穂が自席に戻って帰宅の準備を始めたのを横目で眺めつつ、源蔵は休憩エリアへ足を延ばそうとした。

 そして何気なく康介席の後ろを通りがかったのだが、その時、彼が手にしているスマートフォンの画面に思わず目が行ってしまった。


「あれ……梨田さんもそこ、登録してはったんですか」


 康介が操作していたのは、源蔵も会員登録しているマッチングアプリの画面だった。

 驚いて足を止めている源蔵に対し、康介もぎょっとした表情を浮かべて半身で振り返る。両者、目が合ったところで何ともいえぬ微妙な笑顔を交わした。


「これはまた凄い偶然ですね……課長もでしたか」


 漸く康介が、そんなひと言を搾り出した。その面には、同類相哀れむ的な色が見え隠れしている。恐らく源蔵の顔にも、似た様な表情が張り付いていたことだろう。


「良かったら、ちょっとコーヒーでも飲みながら……」

「はい、お供します」


 そんな訳で、ふたりは連れ立って休憩エリアへと足を運んだ。幸い、他には誰も居なかった。

 ここで源蔵は、康介が確か過去に結婚していたことを思い出した。しかし今は、左手の薬指には何も着けられていない。

 その源蔵の視線から何をいわんとしているのかを察したらしく、康介は苦笑を浮かべて紙コップの中身をすすり始めた。


「実は、もうかれこれ半年ほど前に離婚したんです」

「おっと、そうでしたか」


 触れない方が良かったのかと内心で悔やんだ源蔵だが、しかし康介は気にしないで欲しいと薄く笑った。


「原因は、元妻の浮気でした」


 つまり不倫という訳であろう。であれば、康介は所謂サレ夫ということになるのだろうか。

 そういえば、康介の元妻は結構な美人だった様に記憶している。

 そして康介は決して不細工という訳ではなかったが、しかしイケメンという程でもない。要はフツメンといったところに位置するのだろう。

 働きぶりは実直で、彼自身の給与も然程に悪くないというのに、何故彼の様な誠実な男が浮気されなければならなかったのだろうか。


「やっぱり、私がつまらないオトコだったんでしょうね……あと、美人というのは色んなひとと出会いの場があるのかも知れません。そうなると、どうしても他所様に目が行ってしまって、私の様な退屈な男では満足出来なくなるんでしょうね」


 だから、もう美人とは付き合いたくない、と康介は自嘲気味に笑った。

 そんな康介の心情は、源蔵も何となくではあるが、理解出来た。

 自身もまた、全ての女性は不細工などには一切目を向けない人種だと思い込んでいた時期があるから、美女は基本的に浮気するものだという康介の感覚も分かってしまうのである。

 勿論、それが極端な見方であり、美人でも浮気しない女性は大勢居ることは間違い無いのであろうが、実際に被害に遭ってしまうと、どうしてもそういう風に見てしまうのだろう。

 源蔵が過去三度の手酷い失恋を経験して、女性は不細工を人間としては決して見ない生き物だと信じてしまったのと同じ論理、同じ理屈だ。

 だから源蔵としても、


「そんなことはないですよ」


 とは、口が裂けてもいえなかった。


「あぁ……それでマッチングアプリで?」

「はい。美人ではなく、まぁ私に相応といいますか、同じ様に十人並みな方と出会えればな、と思いまして」


 その康介の言葉に、源蔵は深く頷いた。

 今でこそ操や晶、早菜、詩穂といった美女達が親しい友人として源蔵の周りに居てくれているが、彼女らとていずれは他所のイケメンに心を奪われ、去ってゆくものだと考えている。

 唯一の例外は美月だが、彼女はそもそも戸籍上は源蔵の娘なのだから、そんなことを考える方が不謹慎だ。


「お互い……女性には難儀しますねぇ」


 源蔵はしみじみと語った。

 自身は不細工が原因の恋愛恐怖症者、そして康介は手酷い裏切りを喰らったサレ夫。

 どちらも仕事の面では優秀だが、ひとりの男としての人生は完全に負け組まっしぐらであった。


「僕も最近ちょっとサボってたんですけど、そろそろ再開しよっかな……」


 いいながら源蔵はスマートフォンを取り出した。

 操や早菜、或いは晶といった面々がそれとなく好意を示してくれてはいるのだが、彼女らはどうせ他所に目移りして源蔵の前から居なくなる――少なくとも源蔵は、そう信じ込んでいる。

 であれば矢張り、自力で自身に相応な女性を探しておくべきだろうか。


「良かったら、内々で情報交換しませんか」

「お、良いですね。僕の会員番号はこれです」


 アラサーの負け組男ふたりがマッチングアプリのIDを交換し合う図というのは、これはこれで痛々しいものがあった。

 しかし源蔵も康介も、ふたりを遠巻きにして眺めている美麗な女性社員の数が決して少なくないことには、全く気付いていなかった。

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