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62.バレてしまった最強の盾

 真奈子と美月が母子家庭に至った理由は、美月の話によれば、真奈子の不倫が原因だったらしい。

 しかし真奈子が美月の親権を勝ち取ったのは、矢張り彼女が『母親である』という点が最大の理由とされた様だ。

 幼かった美月はその当時の事情は余り詳しく覚えていなかったが、あの頃から真奈子は娘の美月を放置して、色々な男に媚びを売る毎日だったらしい。

 そんな中で美月は真奈子から、


「あんたなんか生まなきゃ良かった」

「あんたの所為で、オトコが皆逃げちゃうんだよ」

「本当にあんたは邪魔なだけだよね……いっそ、死んじゃう?」


 などといった暴言を、幼い頃から浴びせ続けられていたという。

 最早ここまでくると毒親という表現では生ぬるい気もするが、それでも美月にとっては真奈子が全てだった。真奈子が居なければ、美月は生きてゆくこともままならないのだから。

 しかし真奈子は結局、美月の助けにはなろうとしなかった様だ。

 学校では虐められ、教職員は然程の力にはなってくれず、周囲の大人には味方らしい味方は居なかった。

 そんな過酷な環境の中で美月はひとり、耐え抜いてきた。

 その美月は今日、恐らく生まれて初めて真奈子に反旗を翻したのだろう。であれば、源蔵はその後ろ盾になってやらなくてはならない。

 ここは一歩も退くつもりは無かった。


「ところで楠灘さん……その、美月ちゃんとは本当に、ただの親子の縁、親子の仲だけなんですか?」


 秀介が真奈子に代わって、反撃とばかりに下卑た笑みを差し向けてきた。

 恐らく彼は、源蔵と美月の間に肉体関係、即ち近親相姦があるという噂を立ててやるぞ的な脅しを暗に含ませているのだろう。

 源蔵はしかし、ふんと鼻を鳴らして笑った。


「随分想像力が逞しい御様子ですね。せやけど何の証拠もありませんから、それ下手したら侮辱罪ですよ」

「とはいえ、ネットの力は凄いですからね。社会的に殺されることは十分、警戒しておいた方が宜しいかと」


 成程、これが秀介のやり口か――相手がそう出てくるならば、源蔵とて容赦するつもりはない。


「前田さんがおっしゃっていることは何の証拠もありませんが、私には確たる証拠がある切り札がひとつ、御座いましてね」


 ここで源蔵は懐から数枚の紙片を取り出し、テーブル上に並べた。

 それらは、真奈子が消費者金融から借金を重ねていたことに対する督促状と、それに対して源蔵が立て替えて返済した支払証書のコピーなどであった。

 愕然とした真奈子は勿論、秀介も予想外だったのか、先程までの勝ち誇った笑みがすっかり消えている。


「御覧の通り、蕗浦さんは私に対して、500万ちょっとの債務があります。これだけの負債があんのに、私に対してそんなデカい態度取れるなんて、大したモンですな」

「ち……違うわ。これ、私じゃない……そうよ、これ全部、美月が勝手に借りたのよ。私の名前を使って、美月が自分で作った借金よ!」


 真奈子が焦りの表情を浮かべながら、唾を飛ばして反論に出た。

 美月は、まさか母親からそんな台詞が出てくるとは思ってもみなかったのだろう、その瞳には驚きと悲しさを綯い交ぜにした色が浮かんでいた。

 だが源蔵は、この場に於いてもぬかりは無かった。


「蕗浦さん、私が何故、外がよく見えるこのお店を選んだか、その理由をお教えしましょう」


 いいながら源蔵は、ガラス張りの大きなウィンドウの向こう側を指差した。そこにポストがあるのだが、その傍らにグレーのスーツ姿の男がひとり、缶コーヒーを飲みながら佇んでいるのが見えた。

 その男性に対して源蔵が軽く手を振ると、その男性も片手を挙げて応じる仕草を見せた。

 真奈子は、喉の奥であっと驚きの声を漏らしている。

 秀介はその男が何者なのか分からず、ただ困惑の色を浮かべて源蔵と真奈子の顔を見比べるばかりだった。


「あそこにいらっしゃるのは、蕗浦さんに融資した、消費者金融の御担当者さんですよ。こないだ私が全額肩代わりで返済に伺った際にお話させて貰たんですが、蕗浦さんのお顔は今でもしっかり覚えてらっしゃるそうでしてね。何なら今から、こちらにお呼びしましょか? あの方に訊けば、この借金を作ったのが誰なのか、はっきりしますよ」


 源蔵は顔色を失っている真奈子と、反撃を喰らって愕然としている秀介の両者に鋭い眼光を飛ばした。これ以上更に歯向かうなら容赦はしないというメッセージを、その視線の中に含ませている。

 対する秀介は、呆然と目線を宙に漂わせて僅かに俯いた。

 敵に廻した相手が悪過ぎたと、今更になって実感しているのかも知れない。

 そんなふたりに源蔵は、小さく肩を竦めた。


「まぁこれで、お互いの力関係ってのはよぅお分かりになって頂けたかと思います。ここからやっと、ちゃんとしたお話が出来そうですな」


 ニヒルな笑みを浮かべつつ、幾分冷めたコーヒーを口元へと運んだ源蔵。

 秀介も真奈子も源蔵よりは十歳以上は年上の筈だが、対人戦術、情報戦術、そして喧嘩のやり方という点では源蔵の足元にも及ばなかった。

 するとここで秀介が、先程までのドヤ顔から一転して、妙に媚びを含んだ笑みを浮かべて美月に視線を投げかけてきた。


「あの……出来れば一度、私と真奈子さん、美月さんの三人でじっくり話をさせて頂けませんか? 親子でじっくり話し合った上で、今後の方針を決めていきたいのですが……」

「お断りします」


 源蔵は即答した。

 秀介はまさか断られるとは思ってもみなかったのか、驚きの色を隠そうともしなかった。


「前田さん、貴方、御自身の立場、分かってますか? いうときますけど僕は美月さんの戸籍上の父、そして蕗浦さんは美月さんの生みの親。でも貴方は美月さんからしたら赤の他人です。そんなひとが私に対して、邪魔やから席を外せなんて、ようそんなことがいえますな。話になりません。美月さんに話があるなら、まず父親である私を通して下さい。それが出来んなら、出るとこ出てケリつけましょうや」


 源蔵は、秀介が美月を孤立させた上で徹底的に攻め立て、自分達に有利な展開に持っていこうとしていると睨んでいた。恐らくその読みは正しいだろう。

 であれば、美月ひとりでこのふたりに当たらせるなど以ての外だ。このふざけた大人ふたりは、源蔵自らが叩き潰さなければならない。

 秀介は返す言葉も見つからない様子で、怯えた顔つきを見せながら静かに俯いた。

 が、しばらくして真っ青な面を上げ、真奈子にそっと視線を流した。


「なぁ真奈子……今日のところは一度お(いとま)させて頂いて、また後日、改めてお話に伺うってことにしないか……?」

「そ……そうね。私も一度、頭を冷やすお時間を頂きたいし……」


 こうして、真奈子と秀介は逃げる様に源蔵の前から去っていった。

 ふたりの姿が消えると、店舗外で待機していた消費者金融担当者も軽い会釈を送ってから、その場を辞していった。

 テーブルには、源蔵と美月だけが残った。


「御免な。結局喧嘩になってもうた」

「うぅん、全然大丈夫。それより、うち、嬉しかった」


 それまでの緊張が解けたのか、ここで漸くほっとひと息入れた様子の美月が、心からの笑顔を浮かべて源蔵にその美貌を向けてきた。


「今まで、ようひとりで頑張ってきたな。せやけど、こっから先は僕が美月の盾になる。美月を傷つける奴は僕が片っ端から叩く」

「うん……うちね、お父さんと出会えて、本当に良かった」


 美月の声は僅かに震えていたが、源蔵は気付かぬ風を装って、しなだれかかってくる彼女の肩を、ぽんぽんと軽く叩いた。

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