58.バレてしまった悔しい気持ち
あれから二週間程が過ぎた。
源蔵は統括管理課の新年会を終えての帰宅途中、美智瑠と晶からのライン同時着信に気付いてその場に足を止めた。
「やりましたよー、楠灘さん! 教えて貰った通りでしたー!」
「センセ、流石です。きっとあたし達だけだったら、こんなに上手くいかなかったと思います。本当に、ありがとうございました」
どうやら、美智瑠と晶はふたりで強引に参加した納品デモの場で、見事に結果を出したらしい。
(やっぱりあのバグに引っかかったか)
源蔵は礼斗が主担当となって推進していたソフトがネイビーハット最新版上で動くことを聞いた時から、恐らくこうなるだろうことは予測していた。
件の問題は、八つ以上のPortを同時にOPENした際に発生する不具合で、通常使用する場合にはまず起こることはない。その為、事前検証でも中々発見しづらいと考えられた。
しかし今回美智瑠と晶が納品デモに参加したソフトは、対象機器にインストールされた際、最大で16までのPortをOPENするケースがある。
そして実際、納品デモの場で内部ループ現象に陥り、ソフトがフリーズするという問題が生じた。
バグの引き金となるPortをOPENしてしまったのだろう。
この時、礼斗も麗子も全く為す術が無く、ただ慌てて関係各所に連絡を入れようとしていたらしい。
そこで美智瑠と晶が礼斗に呼び掛けた。
ここは、自分達に任せてくれ、と。
最初は胡乱な表情で不安視するばかりだったが、それでも礼斗は美智瑠と晶がファッションインフォメーション課内に於いて情報処理技術者としての力量を持つ数少ない人材であることを知っていた為、ふたりに対処を任せたのだという。
美智瑠と晶は源蔵から教えられていた問題点と対処法の知識を総動員してフリーズ状態を解除し、更にはその場で応急パッチを組んで、納入判定を合格にまで持ってゆくことが出来たらしい。
ふたりの美貌の才女の活躍は、その場に居合わせた部長の白藤佑磨の目に留まっただけではなく、納入先の顧客からも最大級の賛辞と信頼を得るに至ったとの由。
逆に麗子は今回の一件以降、開発担当を外されて一評価担当への降格が決まったという話だった。
(結局、実力も無いのに上辺だけで結果を出そうとするからこういうことになるっちゅう、お手本みたいな話やな)
源蔵は苦笑を滲ませつつ、小さくかぶりを振った。
ソフト開発は、感性や勢い、或いは詐欺みたいな手法でどうにかなる様な代物ではない。恐らくは礼斗も麗子も、知識やスキルが貧相だからこそ逆にその真理が分からず、相当甘く見ていたに違いない。
でなければ、今回の様な失態を犯すことは無かっただろう。
(ま、仕事を舐めるなってことやな。鹿嶋さんと春日さんには悪いけど、ちょっと反省して貰うか)
そんなことを思いながら更にチャット欄をスクロールしてゆくと、最終行に思いがけない一報が添えられていた。
どうやら、今回の一件が認められて美智瑠と晶は近々主任に昇格するということが決まったらしい。
つまりふたり共、役職者になれるという訳だ。
(おぉー、良かったやん。こらぁお祝いせんといかんな)
我が事の様に嬉しくなった源蔵。
早速ふたりに、祝いの宴席はどうかと打診してみた。すると、秒でOKの返答が打ち込まれてきた。
更に彼女らは、主任への昇格後に異動願を出す腹積もりなのだという。
白富士インテリジェンスでは、平社員には異動願を出す機会は与えられないが、主任以上の役職者になれば三年に一度だけ、提出する権利が付与される。
美智瑠も晶も、最初にいきなりその権利を行使しようと考えているらしい。
「アタシ達、総合開発部に戻りまーす!」
「またセンセと同じ部署で、仕事したいです」
曰く、次の異動先には統括管理課を希望したい様だ。
(そうかぁ……来てくれるんか。こらぁ心強い限りやな)
こうなると早菜だけが丸の内オフィスに取り残される格好となってしまうが、そこは矢張り、仕事で結果を残した者の特権であろう。
優秀な人材はどれだけ居ても多過ぎるということはない。
源蔵は今から、ふたりの帰還が待ち遠しくなってきた。
と、その時。
「あれ? 課長、まだお帰りになられてなかったんですか」
後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
康介だった。
先程まで課の新年会で同席していた彼は、若干酔いが醒めた様子でにこにこと笑みを浮かべて佇んでいた。
「おや、梨田さん二次会は?」
「さっきお開きになりました。軽く、お茶してただけなんですけどね」
康介の笑顔を眺めながら、そういえば、と源蔵はふと思い出した。
彼もまた近々主任に昇格する筈だったから、美智瑠と晶が戻ってきて統括管理課に加われば、彼女らとは同格の同僚ということになるだろう。
「随分、嬉しそうですね。何か良いことでもあったんですか?」
「あ、顔に出てました?」
お恥ずかしいとはにかんだ笑みを浮かべながら剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた源蔵。
余り詳しい内容を話す訳にはいかなかったが、美智瑠と晶が納入判定の場で急場を凌ぐ活躍を見せてお偉方の前で素晴らしい結果を出したことが嬉しかったと告げると、康介は心底感心した様子で驚きの声を漏らした。
「いやー、凄いですね……流石、楠灘ガールズ」
「え、何ですかその、楠灘ガールズってのは」
ぎょっとした表情で訊き返した源蔵。
逆に康介は、知らなかったんですかと驚きの顔を見せた。
「いえ、一部の社員の間では割りと有名ですよ? 楠灘さんが鍛えた女子は皆、スキルとポテンシャルが高いって……」
どうやら美智瑠、晶、早菜、詩穂がその楠灘ガールズとして認知されているらしい。
「えー、そうやったんですか……知らんかったの、もしかして僕だけ?」
「その御様子ですと、そうなるんでしょうねぇ」
苦笑を浮かべる康介。
源蔵は己の名が冠されているにも関わらず自分だけが知らなかったという事実が、ちょっと悔しかった。




