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57.バレてしまった悪知恵

 年末年始の正月休みが明けた白富士インテリジェンスでも、各部署で仕事始めの挨拶が行われた。

 統括管理課では源蔵が課員らに課としての新年の抱負を語り、休みボケを払拭する様にと力強い言葉を放って挨拶の締めとした。

 この四半期、総合開発部としては特に真新しいミッションが課されている訳ではない。

 が、前年から引き続き開発に当たっているソフトのバージョンアップ版の納入判定や、来年度に予定している新規ソフトの要件定義などのタスクが相変わらず山積みとなっている。

 それらの業務を課員らと共に捌きつつ、社外或いは社内との交渉に日々奔走しているだけで、早くも一週間程が経過した。

 そんな或る日、昼休みに通路へと出た源蔵を、美智瑠が呼び止めてきた。

 この日は定例連絡会が開催されており、トータルメディア開発部からは美智瑠と晶が代表として足を運んできていた様だ。


「楠灘さん、お昼、御一緒してイイですか?」


 この時の美智瑠の声には若干の硬さがあった。彼女は笑みを浮かべているものの、その中に微かな翳を感じた源蔵。


(ははぁ……何ぞ相談事やろか)


 源蔵はふたりの美女と並んで地下のフードコートへと足を向けた。

 美智瑠はパスタセット、晶がドリアと簡単なデザートを選んだのに対し、源蔵は焼き魚定食。美女ふたりと違っての相変わらずな渋いチョイスに、美智瑠と晶は何ともいえぬ笑みを浮かべていた。


「合格証書はもう届きましたか?」


 源蔵が訊いたのは、昨年の秋にふたりが受験した情報セキュリティマネジメント試験と基本情報技術者試験のそれぞれについての話だった。

 これらはCBTと呼ばれる方式を採用しており、ほぼ一年中、受験することが出来る。

 逆にPBTと呼ばれる上級者向けの資格試験は春と秋にそれぞれ一回ずつ予定されているのだが、美智瑠や晶の実力では到底合格が見込めない為、まずは他の資格試験を受ける様にと勧めていた。


「年末までに二通とも届きました。でもホント、センセのいう通りでした……周りからの目が、ガラっと変わった感じで」


 晶が感謝の念の籠もった穏やかな笑みを浮かべる。

 彼女は部内に蔓延し始めた大学生時代のパパ活疑惑を払拭する為に、源蔵から仕事のデキるオンナになれとアドバイスを受けた。

 そしてその取っ掛かりとして、情報処理系のふたつの資格試験に挑み、そして見事に合格した。

 現在、トータルメディア開発部内では晶の過去を揶揄する声はほとんど聞かれないのだという。

 代わりに美智瑠と晶、そして早菜の三人で見目麗しい才女トリオとして認知される様になってきており、方々から称賛の声を受けることが多くなってきているとの由。


「楠灘さんには、本当に感謝してます。アタシらだけじゃ絶対、こんな勝ち組ルートには乗れなかっただろうし……」


 そんな感謝の言葉を口にした美智瑠だったが、その美貌には矢張りどういう訳か、僅かな翳が差したままである。源蔵は、何かあったのかと率直に訊いた。


「えぇっと……まぁ、そうですね。こんなこと、センセに相談する様なことじゃないんですけど……」


 晶が物憂げな表情で、ドリアをつつきながら小さな溜息を漏らした。

 曰く、美智瑠と晶の業績を横取りする輩が現れた、というのである。

 その人物はファッションインフォメーション課のイケメン主任で、彼は課内で付き合っている他の女性社員の業務実績に、美智瑠と晶の出した結果をも組み込んでしまっているらしい。

 つまり、ふたりの頑張りが別の社員の業績として上程されている、というのである。

 そのイケメン主任の名は鹿嶋礼斗(かしまれいと)、そしてその恋人の名は春日麗子(かすがれいこ)。課内ではレイレイカップルなどと呼ばれているとの話だった。

 ふたりからの証言を聞く限り、麗子は恐らく美麗枠で入社を果たしており、会社員としての能力は然程に高くない。しかし礼斗が恋人に良い目を見させてやろうと、美智瑠と晶の技術的な業績を麗子の業務実績に組み込んでいるのだろう。


「その鹿嶋さんは、おふたりの上司?」

「えぇまぁ、一応……同じチームなので」


 曰く、鹿島は別段美智瑠と晶に対して表立って敵対する姿勢は見せておらず、他の社員と平等に扱ってくれているから、ちょっと喧嘩し辛い相手だというのである。

 過去には美智瑠と晶の仕事を褒めてもくれたし、ふたりの業務実績をしっかり評価して上位役職者に報告してくれてもいる。

 それだけに、今回の様な依怙贔屓が残念でならない、というのがふたりの偽らざる本音なのだろう。

 しかし余りこういうことが続くと、折角頑張って仕事がデキるオンナになったとしても、その努力が踏みにじられる様な格好となってしまう訳だから、気分が良い筈がない。


「その春日さんって方は、どこまで情報技術に詳しいんですか?」

「いやー、それがもう、全然です。アタシや晶が普通に分かってることが、あのひとにはさっぱり、ちんぷんかんぷんですよ」


 よくぞそんなスキルで通用するものだと内心で小首を傾げた源蔵。

 恐らくは恋人の礼斗が色々と盛りに盛って、本来麗子では出来ない様な結果をも上乗せしているのだろう。


「それって、納入判定はいつですか?」

「再来週です。直接顧客の前でデモやって、その後に引き渡しの手続きが色々とあります」


 晶の応えを聞きながら、源蔵はふと、別のことを思い出した。

 酒の席で隆輔から、納品物に採用しているOS情報について聞いたことがあったのだ。

 ここ一年の間、トータルメディア開発部で納品物に組み込んでいるOSは全て、Linuxのひとつであるネイビーハットであるとか何とか。

 その点について訊いてみると、美智瑠と晶もその通りだと頷き返してきた。


「使ってるバージョンは?」

「最新です。それが、どうかしたんですか?」


 眉間に皺を寄せて訊き返す美智瑠に、源蔵は苦笑を滲ませた。


「実はこいつ、特定のPortを使うと内部でループしてしまうバグが潜んでるんですよ。最近、Linuxの或るコミュニティで報告されたばっかりなんで、知らんひとの方が圧倒的に多いんですけどね」


 答えてから源蔵は、礼斗が顧客デモを行う際にイーサネットを使う可能性があるかと訊いた。

 美智瑠と晶はほぼ同時に、頷き返した。


(これは案外、チャンスあるかもな)


 源蔵は100%確実だとはいえないが、ふたりに挽回の機会があるかも知れないと声を潜めた。


「今晩、僕からちょっとした情報流します。おふたりは、納品デモの際に鹿嶋さん、春日さんのおふたりと同席する様に掛け合って下さい」


 この源蔵の申し入れにピンと来たのか、美智瑠と晶は漸く笑みを浮かべて何度も頷いていた。

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