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56.バレてしまったおっさん臭

 年が明けて、新年を迎えた。

 ふたりきりでお節料理を堪能し、万札を数枚入れたお年玉袋を手渡したところで、源蔵が初詣はどうするかと問いかけると、美月は行きたいと即答を返してきた。


「初詣なんて何年ぶりかな」


 玄関先で何気ない調子で呟いた美月のそのひと言を、源蔵は聞き逃さなかった。


(クリスマスだけやのうて、正月もずっと働いてたんか)


 彼女の高校生活に、青春と呼べる要素がどこまで在ったのか。

 気の毒に思うと同時に、これからは美月の若さに見合った楽しみ方を満喫して貰いたいと願った。


「お父さん、どうしたの? 何か、顔が怖いよ?」

「あー、御免。何でもない」


 つい顔に出てしまったかと反省しつつ、源蔵は薄い苦笑を返した。

 この日の美月、トップスは白いニットセーターの上にスカジャンを羽織り、ボトムスにはデニムのホットパンツを穿いて健康的な脚に黒のタイツを通した。その足元はショートブーツで締めている。

 対する源蔵は上下をブランド物の黒いレザージャケットとレザーパンツで統一し、サングラスでその強面を更に強調するスタイルを取った。


「お父さんって、イイ服でキメるといっつもヤクザみたいになっちゃうね……」

「それ、よういわれる」


 呆れる美月に、源蔵は小さく肩を竦めた。

 ともあれ、ふたりは大勢の参拝客で賑わう近場の神社へと足を向けた。

 出店を眺めたり本殿でお参りをしたりなど、ひと通りやることをやったところで、源蔵はトイレへと駆け込んだ。


(出る前に蜜柑、食い過ぎたわ……)


 内心でひとり反省しつつ用を足した源蔵。そうして近くの石段へと引き返すと、美月が三人のチャラ男風の若い連中に囲まれていた。

 美月のスタイルの良さは遠目から見ても随分と目立つし、薄いメイクを施しただけでその美貌がより一層綺麗に映える。

 そこらの男が引っかかるのも、無理からぬ話であった。


「オレさー、キミめっちゃタイプなんだけど。チョーかわいいじゃん」

「なー、ちょっとでイイから付き合ってよ。ぜってぇ損しねぇから」


 いつの時代もナンパのフレーズは似た様なモンかと苦笑しつつ、源蔵は困り切った表情を浮かべている美月のもとへと足早に歩を寄せていった。


「わしの娘に、何ぞ用か?」


 敢えてトーンを低くし、ドスを利かせた声で呼びかけた源蔵。

 振り向いたチャラ男共は直前までのニヤけた顔が一瞬で凍り付き、腰が若干引けている。

 やたらガタイの良い190cm近い巨漢というだけでも結構な圧で迫ることが出来るのだが、そこに加えてサングラスをかけたスキンヘッドという容貌だ。

 余程腕に覚えのある者でなければ、こんなヤバそうな男を見れば大概尻込みするだろう。

 仮にそういう強者であったとしても、そもそもこんなところでオンナ漁りなどせず、カノジョのひとりやふたりは連れ歩いている筈だ。


「あ、いや……何だよ、オトコ居んじゃねぇか……」


 チャラ男のひとりが引きつった笑みを無理矢理浮かべて強がる様子を見せたが、その姿勢が既に痛々しい。

 ここで美月がチャラ男共の間をさっとすり抜けて源蔵の後ろへと廻り込み、得意げにふんと鼻を鳴らした。

 当然、チャラ男共は早々に退散していった。


「僕が待っとく形にしといた方が良かったかな」

「イイよ、別に……それよりさ、腕、組まない?」


 源蔵が答えるよりも早く、美月が彼の剛腕に絡みついてきた。

 これならば美月とはぐれることも無くなるだろうし、さっきの様な連中を追い払う魔除けにもなる。

 だがそれ以上に、彼女はきっと甘えたいのだろう。今まで、ひとりで必死に生きてきた十代の娘なのだ。これぐらいのことは受け入れてやらなければならない。


「あんまりイチャコラすんのはやめとこな。パパ活や思われたら敵わん」

「あはは……だーいじょーぶだって」


 嬉しそうにはしゃぐ美月の姿に、もっと頼れる大人になって彼女を安心させてやらなければと思った。


◆ ◇ ◆


 初詣の帰りにリロードへと立ち寄った源蔵と美月。

 玄関扉にはRESERVEDの吊り看板が掛けられており、店内には幾つかの人影が見える。

 この日は一応名目上は休業日としていたが、店の関係者や親しい者だけは、いつでも立ち寄って良いという連絡を内々に流しておいた。

 源蔵と美月が新年の挨拶を口にしながらドアチャイムを鳴らすと、振袖姿の美智瑠、早菜、晶の三人が立ち上がり、こちらも挨拶を返してきた。

 一方、カウンターの奥からもエプロン姿の操と冴愛が出てきて、矢張りこちらも新年の挨拶と同時に丁寧なお辞儀を見せた。


「徹平君は()らんのか……まぁエエか。皆さんお年玉です」

「わぁ~、やったぁ! この歳になっても貰えるなんて、ラッキー!」


 美智瑠が両手を叩いて喜んでいたが、まさか自分まで貰えるとは思っていなかったらしい操は、困惑しながら苦笑を浮かべている。

 その隣で冴愛が、予想外の臨時収入だったのか、かなり嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。


「さっすがオーナー、太っ腹ー!」

「こうでもせんと、友達なんてすぐ()らん様になってまうし」


 自虐的に嗤う源蔵だったが、晶と早菜が、そんなことは絶対にあり得ないからと、左右から源蔵の脇を肘で突いてきた。

 この後、更に玲央、詩穂、康介といった顔ぶれが次々と顔を出してきた。

 今やリロードは、白富士の一部の面々の溜まり場となりつつある様だ。


「いやぁ……ここに来ると、ほっとしますねぇ」


 そんな玲央のひと言に、源蔵は心から嬉しくなった。

 そもそも源蔵がリロードを残したいと思ったのは、自身の憩いの場を失いたくないと強く願ったからである。その努力が今や他のひとびとにまで良い影響を与えているとなれば、これ程に嬉しいことは無い。

 と、ここで美智瑠が、先程源蔵からお年玉を貰えてラッキーだったなどといい放った。

 実際源蔵は、詩穂にもお年玉袋を手渡そうとしているところだった。

 その光景を受けて玲央が、目を丸くしている。


「楠灘さん……また随分とおっさん臭くなってしまって……」

「いや、プライベートでの場で、しかも親しい相手だけですよ。会社ではこんなん、絶対やりませんから」


 源蔵の応えに、玲央もそりゃそうだと頷き返すばかりだった。

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