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54.バレてしまったまんま坊主

 気が付くと、クリスマスが数日後に迫っていた。

 会社では統括管理課で毎日詩穂と顔を合わせるし、帰宅途中に立ち寄るリロードでも操や冴愛と二日に一度以上の頻度で言葉を交わす。

 その一方で丸の内オフィスのトータルメディア開発部に居る美智瑠、晶、早菜といった面々とは、週末のボードゲームカフェでお互いの近況を語り合ったりもする。

 しかしその中で、恋愛に関する話は一切出てこない。

 源蔵の自宅に美月が暮らしていることは、彼に近しい女性達は全員知っている。その美月の存在が、彼女らに或る種の見えない壁を張り巡らせる結果となっているのだろうか。

 ところが彼女らが美月を警戒したり、或いは敵視したりする様な姿は一度も見せていない。

 たまに源蔵宅で数人が押し寄せてきて宅飲みパーティーなんぞを勝手に開催することもあるが、その都度美月は客人らの為に忙しく走り回り、色々もてなしてくれている。

 特に美智瑠や早菜、詩穂といった辺りは美月のことを本当の妹の様に可愛がっており、彼女らの間には不穏な空気は一切感じられなかった。


(何か、よぅ分からんうちに年越してしまいそうやな……)


 そんなことを思いつつ、しかし源蔵は源蔵でひとつ、どうしても美月と相談しておかなければならないことがあった。

 養子縁組について、である。

 これは彼女と共に暮らす様になって二週間程が過ぎた辺りから、源蔵が考え始めたことだった。

 理由は、色々ある。

 世間体的な面もあるし、健康保険証の問題やその他の行政上の手続きなどの面もある。

 勿論、強制するつもりは無いが、少なくとも源蔵と同居している間は諸々の利便性を考え、養子縁組をしてくれた方が有り難いというのが本音であった。


(せやけど、蕗浦さん自身がどう思うかやしなぁ)


 一時的にせよ、姓が変わってしまう。書類上の話だとはいえ、実の母親との縁が切れることでもある。

 果たして美月が、ふたつ返事でOKしてくれるかどうか。

 源蔵は何日か頭の中で色々悩ませていたが、結局は本人と話してみなければどうにもならぬということで、クリスマスを目前に控えた夜、美月お手製のカレーを食いながら思い切って持ち掛けてみた。


「養子? うん、別にイイけど」


 あれだけ悩んだのが馬鹿馬鹿しく思える程に、美月はあっさりと頷き返してきた。

 源蔵は養子縁組のシステムや、何がどう変わるのかを彼女が理解していない可能性も考慮し、源蔵の養子となった場合の変化点をざっと説明してみた。

 それでも美月は、


「うん、だからイイってば」


 と、矢張り結論を覆す様なことはしなかった。

 余りにあっさりと承諾してくれた為、却って源蔵の方が拍子抜けする程だった。


「うちは別に、名前が変わるぐらいのことなんて全然、気にしないよ。今だってもう、本当に楠灘さんのことをお父さんかお兄さんぐらいに思ってるし」


 同居生活を始めてまだ一カ月も経っていない美月だが、そのあっけらかんとした応えに、源蔵は僅かに驚きの念を滲ませながら、あぁそうですかと頭を掻く以外に無かった。


「ほんなら明日早速、役所行って手続きしましょか……」

「あー、えーっと、それはイイんだけど……お父さんになるんだからさ、その敬語とか、やめてくんない?」


 美月がカレースプーンの先を源蔵に向けて、ひと言申し入れてきた。

 それもそうかと、源蔵は頷かざるを得ない。


「後、これからは僕のこと、どう呼んで貰おうかな」

「パパは?」


 美月の提案に、それだけは絶対駄目だと源蔵はかぶりを振った。

 シチュエーションによっては、物凄くヤバい語感を伴うひと言だ。変な誤解を招きかねない。


「じゃ、やっぱりお父さんで」


 実際美月は、母親のことをお母さんと呼んでいたのだから、これが一番無難なところであろうか。

 ともあれ、驚く程簡単に話は纏まった。

 後は役所に養子縁組の届けを提出し、住民票やその他諸々の行政手続きを、一気に済ませてしまえば良いだろう。

 勿論、白富士への届けも必要だ。美月を養子として迎える以上、税金や保険のことなど、やらなければならないことは幾つもある。


「でも、そっかぁ……うちにもお父さんかぁ」


 美月は妙に感慨深げに低く唸った。

 そういえば彼女は、もともとは母子家庭だった。父親の存在が美月にとってどこまで身近なものなのか、源蔵には今ひとつピンと来ていなかった。


「そうだね……少なくとも、えっちする相手じゃないよね」

「当たり前やがな」


 ラッキョウをぼりぼりと噛み砕きながら、源蔵は渋い表情を向けた。


「けどさぁ……お父さん確か、ドーテーじゃなかったっけ?」

「童貞やで」


 すると美月は何かがツボにはまったのか、途端に腹を抱えて笑い出した。


「え、ちょっと待って……ドーテーで一児の親って……マジ、ウケる~……!」

「お寺の子かいな」


 その源蔵の反応が更におかしかったのか、美月は肩を震わせながらひぃひぃと悲鳴を漏らし始めた。


「そんなウケなあかん?」

「だって……お父さん……頭、禿げてるし……まんま、坊主……」


 いわれて初めて気が付いた。そういえば確かに自分もスキンヘッドだった。

 童貞の自分が女性の肉体を知らぬまま、ひとりの子を為した。

 確かにお寺の子だった。


「クリスマス前にお寺の子か。ほんなら異教のパーティーなんかせんでエエよな」

「あー、それは別! 美智瑠さんとか詩穂さん、すんごい楽しみにしてるんだしー!」


 美月が慌てた。

 広いリビングの隅には、先日美智瑠と詩穂、早菜の三人が飾り付けていったクリスマスツリーが静かに佇んでいた。

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